複雑化する現代。
この情報化社会では、日々さまざまなニュースが飛び交っています。だけど、ニュースを見聞きするだけでは、いまいちピンとこなかったりすることも……。
そんなときはマンガを読もう! マンガを読めば、世相が見えてくる!? マンガから時代を読み解くカギを見つけ出そう! それが本企画、週刊「このマンガ」B級ニュースです。
今回は、「吉田沙保里、CDデビュー」について。
『明日へのタックル!』
吉田沙保里 集英社 ¥1,200+税
(2015年1月26日発売)
女子レスリングの吉田沙保里選手が、歌手としてCDデビューすることを自身のブログで発表した。
吉田選手といえば、9月9日にアメリカ・ラスベガスで開催されたレスリング世界選手権53キロ級で優勝し、世界大会(五輪+世界選手権)で16連覇達成、個人戦の連勝記録は200勝に達した女子レスリング界きってのレジェンド。
注目のデビュー曲は10月14日リリース予定で、シングルタイトルは「目を覚ませ」とのこと。
「霊長類最強女子」がどのような美声を披露してくれるのか、いまから楽しみでならない。
そこで今回は、歌手デビューの経験がある漫画家を紹介していこう。
歌手デビューを果たした漫画家は、じつは数多い。それこそレコードの時代から枚挙にいとまがないのだが、現在でも比較的音源が手に入れやすいものをピックアップしたので、ぜひとも皆さんも一緒に楽しんでほしい。
『クレヨンしんちゃん』第50巻
臼井儀人 双葉社 ¥533+税
(2010年7月16日発売)
まずは『クレヨンしんちゃん』で有名な故・臼井儀人。
1998年公開の劇場用第6作目『クレヨンしんちゃん 電撃!ブタのヒヅメ作戦』の劇中挿入歌を、臼井先生ご本人が歌っているのだ。曲のタイトルは「臼井儀人の大都会」。そう、クリスタルキングの「大都会」をカバーしているのだ。
「大都会」といえば、ハイトーンボイスのサビから始まるのが特徴的だが、そんな難易度ウルトラCの歌い出しに臼井先生が敢然と挑んでいる。
スナックで飲んだくれたあとにお立ち台の上に片足を乗せてガナり立てているような、やるせないテンションがたまらなく魅力的だ。
『アオイホノオ』第14巻
島本和彦 小学館 ¥552+税
(2015年7月10日発売)
作者の自伝的作品『アオイホノオ』で小学館漫画賞一般向け部門を受賞した島本和彦も、歌手デビュー作家のひとりだ。
『アオイホノオ』作中で主人公・ホノオモユルは『必殺の転校生』という作品を描いているが、現実の世界ではこの投稿作品をもとに連載作『炎の転校生』が誕生する。
そして『炎の転校生』がアニメ化(OVA)される際、島本先生はオープニングテーマ曲「炎の転校生」を作詞・作曲した(歌:関俊彦)。
そして2014年に発売された『炎の転校生 BLUE-RAY SPECIAL』に同梱された特典CDには、この曲の島本和彦歌唱バージョンが収録されているのだ。
「あれは誰だ 誰だ 俺だ」というインパクトばつぐんの歌詞。ええい、どうにでもなれぃ! という島本節が聞こえてくるような、島本先生のヤケクソでやるせない咆哮が楽しめる一曲となっている。作中でヒロインを演じた日高のり子による曲中の合いの手が抜けるように明るいトーンで、島本先生のテンションと好対照なところもグッド。
ちなみに島本先生の作詞では、『アニメ店長』の『SONG ALBUM 有頂天!!』収録の「輝いていこう」(歌は関智一、子安武人、三木眞一郎、平田広明)が最高です。
臼井・島本両先生ともに、たとえばプロデューサーなど周囲のエライ人から無理やり「やらされている感」が漂っているところがポイント。
この「プロデュースされる側の困惑」は、「プロデューサーとアイドルの関係」でいえば圧倒的に「アイドル」側である。
もともと歌手ではないタレントやモデルが、事務所やプロデューサーの意向で歌手デビューしたときに見せる、あのフレッシュでみずみずしい戸惑いがほとばしっているのだ。
本業のマンガ製作の現場ではみずからがアーティストでありプロデューサーである先生方が、他人の思惑に翻弄される側に転じることで、本人のチャーミングさがアイドル級に引き出されているのだ。
臼井・島本両先生の歌は、内田有紀や深田恭子や新垣結衣らのデビューシングルに匹敵するチャーミングさと断言してもいい。
『20世紀少年 -本格科学冒険漫画』第11巻
浦沢直樹 小学館 ¥505+税
(2002年12月26日発売)
こうした「アイドル売り」とは一線を画すのが浦沢直樹である。
『20世紀少年』では主人公・ケンヂが歌う「ケンヂの歌」が物語のキーになるのだが、それを浦沢自身が作詞・作曲、演奏、歌唱したCDが、単行本第11集の初回特典に封入された。
この曲のタイトルは「Bob Lennon」といい、浦沢先生が2008年にリリースしたファーストアルバム『半世紀の男』にも収録されている。
浦沢先生には「やらされている感」はなく、ミュージシャン仕事をソツなくこなしている感さえある。臼井・島本両先生のアイドル路線に対し、こちらはアーティスト路線とでも言おうか。
どことなく奥田民生っぽくて、普通にウマイんですよ。だから前述のお二方のようなおもしろさ……もといチャーミングさがない。
本業のアーティストからしたら、それこそ“かわいげがない”ように映るかも?
『テニスの王子様』第42巻
許斐剛 集英社 ¥390+税
(2008年6月4日発売)
そして「プロデュースされる側の困惑」すらなく、天然100パーセントでアイドル業をしているのが『テニスの王子様』の許斐剛である。
『テニスの王子様』関係で多くの楽曲を手がけており、今年6月にリリースした『テニプリを支えてくれてありがとう』はオリコンシングルチャートで19位にランクインした。妙~に甘ったるい許斐先生のボイスが最高にCOOL COOL COOL。
自身で作詞・作曲して歌唱しているので厳密には「プロデュースされる側=アイドル」ではないのだが、セルフ・プロデュースでアイドル像を追求する姿は、アイドル路線の極北。
ナチュラル・ボーン・アイドルであり、つまり許斐剛こそ歌手デビュー漫画家界における松田聖子なのである。「テニプリを支えてくれてありがとう」とは、松田聖子「あなたに逢いたくて ~Missing You~」のような立ち位置の曲なのだ。
こうして見ると、どの先生も読者に対するサービス精神があふれているのが共通項といえる。
作家が歌手をやると、やれ出たがりだのミーハーだのと批判されがちだが、そもそも漫画家は一流であればあるほど、サービス精神が過剰に横溢している。だから、周囲から懇願されたら断るに断れなくなってしまうのだろう。
それにマンガ以外の表現手段(=歌)の機会が訪れたら、表現者としてトライしてみたくなるのも明白。よってわれわれ読者は、漫画家の歌を書き下ろしの新作マンガと同等とみなし、積極的に接していくのが使命だと心得るべきだ。
おそらく吉田沙保里選手も、周囲からの「歌ってみろ」の声に押し切られたのかもしれない。
であればこそ、われわれはそこに大橋のぞみ級のチャーミングさを見出す可能性もある。
吉田沙保里選手が歌手デビューするその日を、刮目して待て!
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでのマンガ家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama