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『トキワ荘青春日記 1954~60』 藤子不二雄A 【日刊マンガガイド】

2017/01/25


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『トキワ荘青春日記 1954~60』


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『トキワ荘青春日記 1954~60』
藤子不二雄A 復刊ドットコム ¥2,000+税
(2016年12月17日発売)


『トキワ荘青春日記 1954~60』は、藤子不二雄Aが昭和30年代に記した当時の日記をまとめた単行本。
自伝的作品『まんが道』と、その続編『愛…しりそめし頃に…』のルーツともいえる昭和30年代の生活ぶりが詳細に記された貴重な記録だ。
年月日(曜日までも)が明記され、購入した本、見た映画、日用品の購入、原稿料の入金や、残金の少なさに心細さを覚える様子に至るまで克明に記録されている。
漫画家という特殊な職業の日常を描いた貴重な存在であることもさることながら、日記文学としても傑出した作品となっており、今回の刊行も3度目となる。

『トキワ荘青春日記』ではタイトルどおり、トキワ荘での漫画家生活が中心に描かれている。
1951年の夏に藤子不二雄の二人はトキワ荘を出、川崎市に移住しているが、『トキワ荘青春日記』で描写されるのは1950年初頭の部分まで。
これは『まんが道』でも同じで、満賀と才野の2人はトキワ荘から外に出ることはない。
インタビューなどでも藤子不二雄Aは「『まんが道』でトキワ荘以降を描くつもりはない」旨の発言をしており、トキワ荘での日々こそが自身の青春時代であるという強い思いがあるのだろう。

藤子不二雄といえば1955年(昭和30年)の正月、上京後初の里帰りで気が抜けきってしまい、大量の原稿を落としてしまう事件があった。もちろんその大事件の記述もしっかり収録されている。
日一日、刻一刻と様々な雑誌の締め切りが後方に流れていく様子が、『まんが道』でも緊迫感あふれる筆致で描かれていたが、ある種ドライに書き留めた日記もギリギリと胃をしめあげられるものがある。

藤子不二雄Aはみずからの体験をもとにフィクションへと昇華させる物語づくりが得意な作家だ。
趣味を活かし少年誌に初めてゴルフを持ちこんだ『プロゴルファー猿』や、戦時の疎開体験を重ねた『少年時代』、チビで赤面症のいじめられっ子だった子ども時代の“ウラミ”を込めた『魔太郎が来る!!』など、いずれも実体験からイメージを膨らませた傑作ばかりだ。
なんと、ツアーで行ったタヒチ旅行で屈強な外国人男性に迫られた体験を元に描いた「パラダイス」という短編もある。
そんな実証主義(?)に貫かれた藤子不二雄A作品だからこそ、この『トキワ荘青春日記』がひときわ意義深いのも当然のことなのだ。

それにしてもトキワ荘時代の安孫子青年、女性との交流がけっこうある。というか多い。
コーラスグループでいっしょに活動したり、ポスターの仕事を斡旋(あっせん)してもらったり、哲学堂でテニスに興じたり、グループデートで高尾山にハイキングに出かけたり……しっかり「リア充」してるのだ。
このあたりのエピソードは『まんが道』では描かれず、『愛…しりそめし頃に…』で初めて描かれた部分も多い。文中にたびたび名前が挙がる「K子さん」は、『愛…しりそめし頃に…』では小鷹さんとして登場している。
単なる"異性の友人"を越えた満賀と小鷹さんの淡い交流は、『愛…しりそめし頃に…』のなかでもかなりの胸キュン的見せ場の一つだ。

また、『まんが道』作品中ではいっさい触れられなかった意外な事実も書かれている。
じつはトキワ荘以外にも、兎荘というアパートに仕事部屋を借りていたのだ。
時代は月刊誌から週刊誌へ。
「週刊少年サンデー」創刊号からの新連載に備え、藤子不二雄の2人は兎荘に仕事部屋を借り、追いこみ時には泊りこみで原稿作業にあたっていたのだ。
昼時になるとお母さんが合図のかしわ手を鳴らして、トキワ荘にお昼ご飯を食べに戻る。
そんな風景が当時トキワ荘界隈で見られたのだと思うと胸が熱い。

老人の日に老人ホームに慰問に訪れて似顔絵描きをしたという記述もある。
トキワ荘の近所には、寺田ヒロオ、森安なおや、永田竹丸、藤子不二雄(藤本弘、安孫子素雄)に似顔を描いてもらった幸運なご老体がいたはずなのだ。豪華すぎる。

また、仕事のクチが減った安孫子青年が、新設された日本テレビジョン株式会社のアニメーター募集に応募しようとする記述もある。
日本テレビジョン株式会社は、のちのエイケンのこと。
もしこの時安孫子青年が採用されていたら、藤子不二雄Aの描いたアニメ『サザエさん』の原画を見ることができたのかもシレナイ!?

漫画家マンガの金字塔『まんが道』。
その『まんが道』の背景に、よりいっそうのリアルな手触りや匂いを与えてくれるだろう。



<文・秋山哲茂>
フリーの編集・ライター。怪獣とマンガとSF好き。主な著書に『ウルトラ博物館』『ドラえもん深読みガイド』(小学館)、『藤子・F・不二雄キャラクターズ Fグッズ大行進!』(徳間書店)など。構成を担当した『てんとう虫コミックスアニメ版 映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』が発売中。4コマ雑誌を読みながら風呂につかるのが喜びのチャンピオン紳士(見習い)。

単行本情報

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