人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、藤田和日郎先生!
『このマンガがすごい!2016』オトコ編第3位の『黒博物館 ゴースト アンド レディ』のランクインに続き、今年も堂々の『このマンガがすごい!2017』オトコ編15位ランクインをはたした、藤田和日郎先生の『双亡亭壊すべし』!
前回のインタビューでは、『双亡亭壊すべし』というタイトルが決まるまでの紆余曲折、そして「双亡亭」という屋敷を描くに至った経緯を語っていただきました!
今回のインタビュー後編では、『双亡亭壊すべし』での新しい主人公像、そして、先生のマンガづくりにおける姿勢を改めてお聞きしちゃいました!
強くないけど、こいつがいれば安心。
凧葉務は新しいタイプの主人公!
――主人公の凧葉務についてお聞きします。個人的にこの主人公が大好きになりました。
藤田 それはうれしいですね。どういったところが好きになったんですか?
――彼は画家としてまだ世の中に認められてはいないし、特別な力を持っているわけではないけれど、いちばん精神的には成熟している気がしました。
藤田 いままであまり出したことのないタイプの主人公ですよね。この『双亡亭壊すべし』だからこそ出てきた主人公だと思います。幽霊屋敷に入る時にだれかスーパーヒーローがいたら、「こいつがいれば大丈夫だ」って思うから、だれも怖がりませんもんね。いろいろ強そうな奴らがいるなかで、読者と同じ目線の一般人がいるからこそ、彼の目を通じて読者はいっしょに怖がってくれるものだと思ってます。
──先ほど「主人公に超能力を持たせる案もあった」とおっしゃってました。
藤田 そう……でも、なんかね、超絶的な力を手に入れた人が、上から見下ろしているようなのは、あんまり好きじゃないんですよね。地に足を着けて歩いている人が強い、というのが描きたいところですかね。日々の暮らしはハードなので、苦労してちゃんと生きていくのが、いちばんの戦いだと思うんですよ。同じようなことは短編『瞬撃の虚空』で、古流柔術の達人のおじいちゃんにもいわせてることなんですけどね。だから『うしおととら』にしても、うしおの本当の戦いは、これからだと思うんですよ。
──日々の生活を実直に送ることが真の戦い。
藤田 道徳的なことをいいたいわけじゃないですけどね。「双亡亭」を壊しに来るプロ連中のなかに、ひとりだけバイトに明け暮れて「なんで俺は認めてもらえないんだろうなぁ」って奴が、絶対にいてほしいんですよ。凧葉はスーパーヒーローではないけれど、こいつを見ているとイヤな気持ちにならないぜ、「双亡亭」は人の過去の傷をえぐり出すようなイヤなことばかりやってくるけど、どんな局面になっても「こいつの心持ちでいれば、なんとかやりきれるんじゃないの?」ってところで、凧葉を中心に何かひとつをめざす、みたいなかたちをやりたいんですよ。
──凧葉がいると安心して読めます。
藤田 自分も安心して描き進められます(笑)。凧葉は自分の心を隠さないから、「うわぁ痛そう」とか口に出しちゃう。思っていることを素直にいえるので、自分としてもすごく安心して描けるんです。
──このセリフ(第2巻90ページ)、すごくいいですよね。
藤田 うれしいな。人間的に負けちゃう時って、自分の本当の気持ちを隠そう隠そうとして、へし折れていっちゃうような気がするんですよね。だからまずは「いやだな」とか「怖いな」っていう自分の気持ちを認めて、それを認めたうえで「じゃあどうしようか」という思考にいくんだけど、「怖いな」を認めないのはよろしくないな、と。なにか恐ろしいことが起きた時に「どうしよう、どうしよう」って口にしてたら、それは周囲に怖さを伝染させちゃうけど、だからといってクールに分析してわかった気になっていても、怖さを隠しているので、違うかたちで怖さを周囲にバラまくことになってしまう。自分が怖いからって、まわりにも怖さを与えるの? 違いますよね。
──なにか事件が起きた時のSNS上での反応を思い出すと、よくわかる気がします。
藤田 自分で踏みとどまらないといけない。それにはまず第一に、自分で認めること。怖いところに入っていくには、「こええなァ〜」でいいと思うんですよね。
──前回のインタビュー(『このマンガがすごい!2016』ランクイン時のインタビュー)で青年誌と少年誌の違いを話してくださった際に、青年誌は「あまりにもまっすぐなコトバだと、読者が照れちゃう」、少年誌は「照れずに出せ」とおっしゃっていました。今回はもう“藤田節”を最初から前回のフルスロットルですね。
藤田 そうですね、もともと少年誌の人間ですからね、「モーニング」という青年誌にちょっと呼ばれて描かせてもらったけど、少年誌に「帰ってきた」みたいな感覚はないんです。〝通常営業〟ですよ。やっぱりネームは「自分が聞きたかった言葉」でつくりたいです。自分は昔から説教くさいといわれがちなんだけど、あれは全部自分が憧れたり、聞きたかったりした言葉なんですよね。
──それは読者からしても「俺たちが聞きたかった言葉」ではあると思いますよ。
藤田 自分が読んだり、映画を見て、鉛筆なめなめしてメモった言葉を自分のなかで咀嚼して作品に使うワケなんだけど、今回の凧葉に関しては、自分が年を食っていろいろな体験をしたなかで出てきた言葉もあるんですよ。だから「自分が聞きたかった」という理想だけじゃなくて、実感のこもった言葉を吐かせたいとも思っているんです。
──凧葉は北海道弁を使います。ひょっとして先生ご自身を投影している部分もあります?(藤田先生は北海道出身)
藤田 うーん……、あんまり使われない方言を使わせてやりたくて、それで自分にいちばんなじみのある方言を使わせただけなんですけどね。地方から出てきた人間って、あんまり方言が出てこなくなってきますから。凧葉は北海道、紅(くれない)は九州とか、日本中のいろいろなところから「双亡亭」を壊すために来ている感じを出したかったのかもしれませんね。
──「双亡亭」に侵入する凧葉たちとは別に、青一と緑朗のコンビも活躍します。青一が緑朗の背中に乗って街を駆け回っていますが、『うしおととら』でとらに乗ったうしお、『からくりサーカス』でジャック・オー・ランタンに乗った才賀勝と、子どもが何かに乗って疾走することに先生はこだわりがあるんでしょうか?
藤田 いやぁ、それは気にしたことがなかった。でも、アクション・マンガとして描いているからね。「双亡亭」は広いとはいっても、家のなかでの出来事になるから、緑朗と青一にがんばって動いてもらわないと横移動がないんですよ。
──ああ、なるほど。横移動。
藤田 夜の街を背景に、横移動。この2人にがんばってもらわないと、屋敷のなかだけでは閉塞感バリバリですからね。青一は戦闘がすごく強そうだから、いったん「双亡亭」から外れてもらったんだけど、でも、そっかぁ、やっぱり自分は「子ども2人」の展開が好きなんですよ。あんまり友だちがいなさそうな2人が、本当に深く友情を感じていて……ってのは、少年誌でやりたいことですね。緑朗は青一ほど運動ができないから、青一が緑朗をおぶって、っていうところに〝いっしょに行動している感じ〟が出ていて、すごく好きなんです。だから「凧葉を主人公とするホラー要素」に「緑朗・青一コンビによる子どもの冒険もの」をぶつけて、それが描きたいものですよ。