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戦いたくないのに戦う主人公――少女マンガが魅せるファンタジーの新境地 梅田阿比『クジラの子らは砂上に歌う』インタビュー【前編】

2015/01/26


この作品はファンタジーであるまえに「少女マンガ」

――泣きながら戦ったほうが強いというのがスゴイというか、「サイミアは人を傷つけるための道具ではない」ってセリフが出てくるように、彼らは戦いたくないのに、攻撃されて仲間を守るために戦わざるをえない。それが切ないし、ちょっと今の日本とダブるところもあります。

梅田 風刺的なことは意識してなかったんですけど、戦いたくないのに戦う主人公を描きたかったのはあります。戦って勝っても、状況は開けはするけど決して幸せになるわけではなく、戦えば戦うほど心理的に呪われていくっていう……。
そういうストーリーって男性誌だと暗すぎて厳しいと思うんですけど、女性誌だったらアリかなと。女性は基本的に戦いたくないので、だんだん戦ってる子がかわいそうに見えてくる描きかたをしても大丈夫かなって。  そういう意味で、私のなかでは『クジラ~』はファンタジーである前に「少女マンガ」なんですよ。よく、これだったら少年マンガでも行けたんじゃない? と言われることも多いんですけど。

大勢の仲間の死を見送り、泥クジラの若者たちは仲間と居場所を守るため戦う決意をした。

大勢の仲間の死を見送り、泥クジラの若者たちは仲間と居場所を守るため戦う決意をした。

――たしかに、『クジラ~』のマニアックな設定と骨太な世界観は、いわゆる戦闘ファンタジーを好む男性読者も魅了するものだと思うんですが、「戦えば戦うほど呪われていく」みたいな文学的&心理学要素とか、全体を貫くポエジーで感傷的なトーンみたいなものは、それこそ萩尾望都さん[注2]とか竹宮惠子さん[注3]とか、「24年組」[注4]の少女漫画家がかつて描いたSFファンタジーを彷彿させますよね。そこが昨今のゲーム感覚の冒険ファンタジーとは一線を画するところかなと。

梅田 だから、どう勝ち抜くかがお楽しみではなくて、最初からひたすら追いつめられていく人たちを淡々と描く、みたいなイメージだったんです。侵略者たちがやってきて、長老会は最初、泥クジラを沈めようとしますよね。子どもたちを戦わせて殺したり殺されたりするぐらいだったら、戦わずに死のうと。これは私的にもすごく気持ちがわかるところで。
そうそう当時(2013年)、NHK大河ドラマ『八重の桜』[注5]の予告編で、綾瀬はるかさん演じる主人公が会津藩で篭城するシーンがよくテレビで流れてて、「あ、少女マンガで篭城ものっていいな」って思って。よく考えたら「篭城もの」みたいなテーマはいちばん最初にあったかも。

――あー、それはまさに。閉じたユートピアが外部からいやおうなく開かれて、自決もできず、しかたがなく戦いながらも、ゆっくりと衰退していく……みたいな。オウニなんかは外の世界にずっと憧れてたのに、ようやく知った外の世界があまりに残酷なもので「こんなものだったのかよ!」と絶望しながら戦うっていう。もう切なすぎます!

外の世界への希望が打ち砕かれオウニは鬼神のような強さで敵を倒す。鬼気迫るその姿は悲壮感が漂う。お願いだから死なないでね。

外の世界への希望が打ち砕かれオウニは鬼神のような強さで敵を倒す。鬼気迫るその姿は悲壮感が漂う。お願いだから死なないでね。

梅田 そこは私もかわいそう……と思いながら描いてます(笑)。やっぱり人が死ぬシーンは辛いし、描きたくないんだけど、ラクラク書けるんだったら、むしろ描かなくていいんじゃないかなと思うし、私も切ないのが好きなので奮い立って。

――なんかSM的でもありますけど(笑)。追いつめられてこそ剥きだしになる感情とか、刹那的なきらめきみたいなものも泥クジラの魅力だと思います。老若男女からなるキャラクターも魅力的だし、人間ドラマが丁寧に描かれてますよね。
侵略者は泥クジラの人たちにとって「残虐な敵」だけど、じつは侵略者側にとっては泥クジラのほうが「感情を持った野蛮な一族」で、どっちが正しくてどっちが悪でもない。泥クジラのなかにも、保守派の長老とか反逆児のオウニとか、異なる立場の人がいて、それぞれが信念を持って生きてる。この善悪つけられない感じが梅田先生の持ち味なのかなって。

梅田 いろんな立場の人を描きたいというのはあって、なかでもこの子は間違ってて、この子は正しいとは描きたくなくて。サイミアを使えるけど短命な「印(しるし)」とサイミアの使えない「無印(むいん)」の者がいるって設定も、それだけだと超能力が使えるほうが偉いみたいになっちゃうから、「無印」の者は寿命が長くて指導者的立場になるってふうにして、これで同じになるって(笑)。善悪とか勝ち負けとか、私自身がイヤなんですね。

2巻第6節の巻頭カラーイラスト。繊細で奥行きのある美しさは息を呑むほど! キャラクターそれぞれの微妙な感情まで伝わってくるよう。

2巻第6節の巻頭カラーイラスト。繊細で奥行きのある美しさは息を呑むほど! キャラクターそれぞれの微妙な感情まで伝わってくるよう。


  • 注2 萩尾望都さん 日本を代表する女性漫画家で、「花の24年組」と呼ばれた女性漫画家たちを代表する存在。代表作は『ポーの一族』『11人いる!』『トーマの心臓』など多数。SF、ラブコメ、ファンタジー、ミステリなど幅広いジャンルの作品を手がけ、「少女マンガの神様」とも評される。
  • 注3 竹宮惠子さん 萩尾望都と同じく「花の24年組」と呼ばれた女性漫画家。代表作に『地球へ…』『風と木の詩』など。2014年4月からは京都精華大学マンガ学部の学長も務める。
  • 注4 24年組 1970年代初頭に、新しい感覚を持った女性漫画家たちが次々と現れ、SFやファンタジー的要素や、同性愛の概念を導入したり、画面構成の複雑化を図るなどの技法を用いるなど、当時の少女漫画界の常識を覆し、大人の女性や男性にも衝撃的に受け入れられ、文芸評論家からも高く評価された。「24年組」はその多くが昭和24年(1949年)頃の生まれだったため、付けられた名称。具体的には萩尾望都、竹宮恵子、大島弓子、山岸凉子、青池保子、木原敏江、樹村みのりなどがメンバーに当たる。
  • 注5 『八重の桜』 2013年1月6日から12月15日まで放送されたNHK大河ドラマ。同志社を創設した新島襄の妻・八重の生涯を描いたもので、主演は綾瀬はるか。2011年3月11日に発生した東日本大震災で大打撃を受けた東北地方の復興を支援する内容に、との意見から会津藩出身のヒロインを主人公とする内容となった。

取材・構成:井口啓子
撮影:辺見真也

■次回予告
読者を虜にする作品世界の舞台裏と気になる今後の展開をインタビュー。 また梅田先生の意外な趣味にも迫る!? 後編も乞うご期待!

単行本情報

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