「メガネ」+「スーツ」で動き出した物語
――『すくってごらん』というタイトルは、かなり初期から決まっていたんですか?
――すごくいいタイトルだと思います。内容が入ってきやすいですし。
大谷 ヘンに格好つけて、英語のタイトルだったら合わなかったですよね。
担当 『GOLD FISH』……とか?
大谷 (笑)
――第1話のネームでだいぶ苦戦されたそうですが?
大谷 キャラクターを固めるまでに時間がかかりました。主人公にスーツを着させて、メガネをかけさせたら、ようやく動き出した感じでした。
――では、最初は全然そういう感じではなかったんですか?
大谷 違いました。主人公は高校生でした。「バディもの」[注4]じゃないけど、2人で切磋琢磨していく路線を考えていました。しかも妙にシリアスで、暗い感じだったんですね。なんか「いい話を書かなきゃ」みたいな気負いがあったんです。「いい話=シリアスで暗い」みたいに考えちゃっていたんですね。ちょっとタイトルに引っ張られたのかもしれません。
――どういうことでしょう?
大谷 「(金魚を)すくう」と「(人を)救う」がダブルミーニングになっているんです。だから医療過誤で人を死なせて……とか、シリアスな話ばかり考えていたんです。そういうのは全部捨てました。
――「スーツ」+「メガネ」にしたことで、どういった変化が生まれたのでしょうか?
大谷 主人公が転勤で、あたらしい土地にやってくる。それが当時の私と同じ心境だったんです。私はそれまで集英社さんでお仕事をさせてもらってきて、そこからフリーになって外に飛び出しました。世界を広げて初めて知ることもあれば、いろいろな出会いがあり、そこで教えられたり助けられたりして、自分がちょっとずつ変わっていく。「こちくや」さんとの出会いもそうです。主人公と同じような気持ちで描けたので、第1話目ができた時に「あ、大丈夫だな」と手応えを感じました。
――掲載誌の「BE・LOVE」[注5]って、女性誌じゃないですか。それで主人公が男なのは珍しいな、と思いました。
大谷 そうですね、少女マンガで男主人公は、わりと煙たがられます。読者の大半が女の子なので、共感してもらえないからでしょうね。たとえば少女マンガって、モノローグが多いじゃないですか。
――心情を独白しますね。
大谷 「男がやるとナヨナヨして、それカッコいいと思うか?」と歴代の担当さんに言われました。
――ああ、なるほど(笑)。
大谷 最近は、そのへんはわりと緩くなってます。「それもかわいいじゃない!」と読者が思ってくれるし、主人公が男の子のマンガも増えました。いい時流だなと思います。男主人公が煙たがれたのは私がデビューした直後で、この『すくってごらん』に関しては、本当に自由にやらせてもらえました。
担当 編集サイドとしては、作家さんが気持ちよく描けるキャラを見つけてくれれば、性別は関係ないかな、と思っていました。大谷先生の描くキャラが魅力的だったので、そこは全然気になりませんでした。
大谷 「スーツ」+「メガネ」になったことで、先輩の漫画家さんからも「スーツ姿の男が真剣に金魚をすくっていたら、それだけでギャップがあっておもしろい」と言ってもらえました。「金魚すくいマンガ? なにそれ?」みたいなツカミもあるから強いよね、と。
――ダブルミーニングとしての「すくう」が軸としてありますが、連載開始当初はけっこうスポーツマンガのようなテイストもありました。主人公が男で、かつスポーツマンガチック。設定的には少年誌や青年誌のようですが、そこは意図したんですか?
大谷 かなり意図的にやらせてもらいました。そのほうがキャラを動かしやすかったんですね。なんか、男キャラのほうが動かしやすいです。
――少女マンガらしく、主人公の性別が女性だったら、どこが変わっていたのでしょう?
大谷 主人公が女の子だと、恋愛面の扱いが変わってくるんですかね? もっと別路線になっていたかもしれない。
――ということは、今作の『すくってごらん』に関しては、「少女マンガとして恋愛メイン」という考えはなかったわけですね?
大谷 ありませんでした。
――実際の「金魚すくい」の競技はどんな感じですか?
大谷 動きません(笑)。
――あら。
大谷 みんなうつむいているから、描きづらいこと、このうえないです。だからマンガにするには、それこそ『吼えろペン』[注6]みたいに大袈裟に顔芸っぽく描いたほうがいいのかな、って(笑)。
――なんか静まりかえってそうですね。
大谷 競技時間は3分間で、その間は音楽をかけているので、会場がシーンとしているわけではないんですけどね。私が取材した時は、子どもの部では『崖の上のポニョ』で、大人の部ではキマグレンの『LIFE』でした。
――金魚すくいでポニョ……。
大谷 シュールですよね(笑)
――連載開始後も取材は?
大谷 連載前に2回、連載開始後に2回行きました。全国大会と、「こちくや」さんの大会です。ほかにも本郷の「金魚坂」さんにも取材させてもらいました。
――取材を重ねると、描きたいことも増えますよね?
大谷 そうなんです、知ったことは作品に入れたくなるんですよ。でも、話の本筋からはジャマなんじゃないかな、と考えたりします。
――それが先ほどの「バランス」の部分ですね。描きたいテーマがあって、それがブレないようにどこまで入れるか。あんまり金魚すくいの技術面を押し出しすぎても、本当にスポーツマンガっぽくなっちゃいますしね。
大谷 最初は知識がないから、現実離れしたトンデモな必殺技を入れちゃおうか、とかも考えていたんです。
大谷 でも現実を知っちゃうと、描けないですよね。知りすぎると描けなくなっていく法則。
とにかくキャラクターに引っ張っていってもらいました。最初はもっとクールというか、冷血漢みたいなイメージだったんです。それが、なんとなくおもしろい感じが入ってきて、憎めないキャラになりました。
――ヒロインの吉乃さん、かわいいですよ。
大谷 ありがとうございます。でも少女マンガの主人公にはなれないタイプだと思います。たぶん、もっといろいろモノローグで考えなきゃいけない。
――キャラクターの名前はどうやって決めましたか?
大谷 すべて奈良県の地名からです。香芝市、生駒市、明日香さんは飛鳥地方、王寺町などなど。
――「生駒吉乃」という名前は、織田信長の側室[注8]から取ったわけではないんですか?
大谷 私、それ知らなかったんです
――あ、偶然でしたか。信長の側室は読みかたが違いますしね(「吉乃」を「きつの」と読む)。
大谷 「まさか同姓同名がいないだろうな」と思って、あとで検索した時にヒットして、びっくりしました。
- 注4 バディもの 2人組が活躍するジャンル。タイプの異なる男2人が、共通する目的のためにコンビを一時的に結成して、目標達成に向かうストーリー。映画では「バディ・ムービー」と呼ばれ、『ビバリーヒルズ・コップ』や『48時間』『バッドボーイズ』『ホットファズ』などが代表例として挙げられる。
- 注5 「BE・LOVE」 1980年に創刊された講談社の大人の女性向けマンガ雑誌。かるたマンガの『ちはやふる』(末次由紀)、『生徒諸君! ―最終章・旅立ち―』(庄司陽子)などストーリー性の高いマンガが多い。
- 注6 『吼えろペン』 漫画家・炎尾燃を主人公とする島本和彦のマンガ作品。『燃えよペン』『吼えろペン』『新吼えろペン』と続く炎尾燃サーガ。島本作品らしく、主人公はとにかく汗を流して叫ぶ。「マンガを描く」という、傍目には地味な作業を壮大に描いた快作。島本和彦の学生時代をモチーフにした『アオイホノオ』の主人公・焔燃とは名前の読みが同じ。炎尾燃サーガとの関連性は、今のところ作品内では言明されていない。
- 注7 『キャプテン翼』みたいな スカイラブ・ハリケーンとかボール・セグウェイを想定。実現可能な技もけっこうあります。関連記事はコチラ
- 注8 織田信長の側室 生駒氏の長女。信長の側室となり、嫡男・信忠、二男・信雄を生む。名前は「吉乃(きつの)」とされているが、史料的な裏付けはない。史料的に問題があると指摘されている「前野家文書」中の「武功夜話」に「吉乃」の名前がある。
取材・構成:加山竜司