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大谷紀子『すくってごらん』インタビュー【前編】 世界一静かで優雅なスポーツ「金魚すくい」――まさかのマンガ化!

2015/02/16


「メガネ」+「スーツ」で動き出した物語

――『すくってごらん』というタイトルは、かなり初期から決まっていたんですか?

貴重な初期プロットも見せていただきました。たしかにタイトルに(仮)が。主人公の名前も違う!

貴重な初期プロットも見せていただきました。たしかにタイトルに(仮)が。主人公の名前も違う!


――すごくいいタイトルだと思います。内容が入ってきやすいですし。

大谷 ヘンに格好つけて、英語のタイトルだったら合わなかったですよね。

担当 『GOLD FISH』……とか?

大谷 (笑)

――第1話のネームでだいぶ苦戦されたそうですが?

大谷 キャラクターを固めるまでに時間がかかりました。主人公にスーツを着させて、メガネをかけさせたら、ようやく動き出した感じでした。

キャラクターを固めるまでに時間がかかりました。主人公にスーツを着させて、メガネをかけさせたら、ようやく動き出した感じでした。

キャラクターを固めるまでに時間がかかりました。主人公にスーツを着させて、メガネをかけさせたら、ようやく動き出した感じでした。


――では、最初は全然そういう感じではなかったんですか?

大谷 違いました。主人公は高校生でした。「バディもの」[注4]じゃないけど、2人で切磋琢磨していく路線を考えていました。しかも妙にシリアスで、暗い感じだったんですね。なんか「いい話を書かなきゃ」みたいな気負いがあったんです。「いい話=シリアスで暗い」みたいに考えちゃっていたんですね。ちょっとタイトルに引っ張られたのかもしれません。

当初、主人公に考えていたという高校生2人組の設定画。このパターンもおもしろそう!

当初、主人公に考えていたという高校生2人組の設定画。このパターンもおもしろそう!


――どういうことでしょう?

大谷 「(金魚を)すくう」と「(人を)救う」がダブルミーニングになっているんです。だから医療過誤で人を死なせて……とか、シリアスな話ばかり考えていたんです。そういうのは全部捨てました。

――「スーツ」+「メガネ」にしたことで、どういった変化が生まれたのでしょうか?

大谷 主人公が転勤で、あたらしい土地にやってくる。それが当時の私と同じ心境だったんです。私はそれまで集英社さんでお仕事をさせてもらってきて、そこからフリーになって外に飛び出しました。世界を広げて初めて知ることもあれば、いろいろな出会いがあり、そこで教えられたり助けられたりして、自分がちょっとずつ変わっていく。「こちくや」さんとの出会いもそうです。主人公と同じような気持ちで描けたので、第1話目ができた時に「あ、大丈夫だな」と手応えを感じました。

――掲載誌の「BE・LOVE」[注5]って、女性誌じゃないですか。それで主人公が男なのは珍しいな、と思いました。

大谷 そうですね、少女マンガで男主人公は、わりと煙たがられます。読者の大半が女の子なので、共感してもらえないからでしょうね。たとえば少女マンガって、モノローグが多いじゃないですか。

――心情を独白しますね。

大谷 「男がやるとナヨナヨして、それカッコいいと思うか?」と歴代の担当さんに言われました。

――ああ、なるほど(笑)。

大谷 最近は、そのへんはわりと緩くなってます。「それもかわいいじゃない!」と読者が思ってくれるし、主人公が男の子のマンガも増えました。いい時流だなと思います。男主人公が煙たがれたのは私がデビューした直後で、この『すくってごらん』に関しては、本当に自由にやらせてもらえました。

担当 編集サイドとしては、作家さんが気持ちよく描けるキャラを見つけてくれれば、性別は関係ないかな、と思っていました。大谷先生の描くキャラが魅力的だったので、そこは全然気になりませんでした。

大谷 「スーツ」+「メガネ」になったことで、先輩の漫画家さんからも「スーツ姿の男が真剣に金魚をすくっていたら、それだけでギャップがあっておもしろい」と言ってもらえました。「金魚すくいマンガ? なにそれ?」みたいなツカミもあるから強いよね、と。

まじめそうなリーマンが目の色変えて金魚すくい! これも一種のギャップ萌え?

まじめそうなリーマンが目の色変えて金魚すくい! これも一種のギャップ萌え?


――ダブルミーニングとしての「すくう」が軸としてありますが、連載開始当初はけっこうスポーツマンガのようなテイストもありました。主人公が男で、かつスポーツマンガチック。設定的には少年誌や青年誌のようですが、そこは意図したんですか?

大谷 かなり意図的にやらせてもらいました。そのほうがキャラを動かしやすかったんですね。なんか、男キャラのほうが動かしやすいです。

――少女マンガらしく、主人公の性別が女性だったら、どこが変わっていたのでしょう?

大谷 主人公が女の子だと、恋愛面の扱いが変わってくるんですかね? もっと別路線になっていたかもしれない。

――ということは、今作の『すくってごらん』に関しては、「少女マンガとして恋愛メイン」という考えはなかったわけですね?

大谷 ありませんでした。

――実際の「金魚すくい」の競技はどんな感じですか?

大谷 動きません(笑)。

――あら。

大谷 みんなうつむいているから、描きづらいこと、このうえないです。だからマンガにするには、それこそ『吼えろペン』[注6]みたいに大袈裟に顔芸っぽく描いたほうがいいのかな、って(笑)。

荒々しいタイプもいれば、静かなタイプもいる。金魚すくいのスタイルはキャラクターの性格そのもの。

荒々しいタイプもいれば、静かなタイプもいる。金魚すくいのスタイルはキャラクターの性格そのもの。


――なんか静まりかえってそうですね。

大谷 競技時間は3分間で、その間は音楽をかけているので、会場がシーンとしているわけではないんですけどね。私が取材した時は、子どもの部では『崖の上のポニョ』で、大人の部ではキマグレンの『LIFE』でした。

――金魚すくいでポニョ……。

大谷 シュールですよね(笑)

――連載開始後も取材は?

大谷 連載前に2回、連載開始後に2回行きました。全国大会と、「こちくや」さんの大会です。ほかにも本郷の「金魚坂」さんにも取材させてもらいました。

――取材を重ねると、描きたいことも増えますよね?

大谷 そうなんです、知ったことは作品に入れたくなるんですよ。でも、話の本筋からはジャマなんじゃないかな、と考えたりします。

――それが先ほどの「バランス」の部分ですね。描きたいテーマがあって、それがブレないようにどこまで入れるか。あんまり金魚すくいの技術面を押し出しすぎても、本当にスポーツマンガっぽくなっちゃいますしね。

大谷 最初は知識がないから、現実離れしたトンデモな必殺技を入れちゃおうか、とかも考えていたんです。

――『キャプテン翼』みたいな[注7]

大谷 でも現実を知っちゃうと、描けないですよね。知りすぎると描けなくなっていく法則。
とにかくキャラクターに引っ張っていってもらいました。最初はもっとクールというか、冷血漢みたいなイメージだったんです。それが、なんとなくおもしろい感じが入ってきて、憎めないキャラになりました。

ゆるキャラが金魚すくい!? でもって、なかの人は主人公!? 気になった方はぜひコミックスでたしかめてみよう!

ゆるキャラが金魚すくい!? でもって、なかの人は主人公!? 気になった方はぜひコミックスでたしかめてみよう!


――ヒロインの吉乃さん、かわいいですよ。

堅物サラリーマンも一瞬で恋に落ちたヒロインの吉乃さん。「現代のかぐや姫」の異名はだてじゃない。

堅物サラリーマンも一瞬で恋に落ちたヒロインの吉乃さん。「現代のかぐや姫」の異名はだてじゃない。


大谷 ありがとうございます。でも少女マンガの主人公にはなれないタイプだと思います。たぶん、もっといろいろモノローグで考えなきゃいけない。

――キャラクターの名前はどうやって決めましたか?

大谷 すべて奈良県の地名からです。香芝市、生駒市、明日香さんは飛鳥地方、王寺町などなど。

――「生駒吉乃」という名前は、織田信長の側室[注8]から取ったわけではないんですか?

大谷 私、それ知らなかったんです

――あ、偶然でしたか。信長の側室は読みかたが違いますしね(「吉乃」を「きつの」と読む)。

大谷 「まさか同姓同名がいないだろうな」と思って、あとで検索した時にヒットして、びっくりしました。


  • 注4 バディもの 2人組が活躍するジャンル。タイプの異なる男2人が、共通する目的のためにコンビを一時的に結成して、目標達成に向かうストーリー。映画では「バディ・ムービー」と呼ばれ、『ビバリーヒルズ・コップ』や『48時間』『バッドボーイズ』『ホットファズ』などが代表例として挙げられる。
  • 注5 「BE・LOVE」 1980年に創刊された講談社の大人の女性向けマンガ雑誌。かるたマンガの『ちはやふる』(末次由紀)、『生徒諸君! ―最終章・旅立ち―』(庄司陽子)などストーリー性の高いマンガが多い。
  • 注6 『吼えろペン』 漫画家・炎尾燃を主人公とする島本和彦のマンガ作品。『燃えよペン』『吼えろペン』『新吼えろペン』と続く炎尾燃サーガ。島本作品らしく、主人公はとにかく汗を流して叫ぶ。「マンガを描く」という、傍目には地味な作業を壮大に描いた快作。島本和彦の学生時代をモチーフにした『アオイホノオ』の主人公・焔燃とは名前の読みが同じ。炎尾燃サーガとの関連性は、今のところ作品内では言明されていない。
  • 注7 『キャプテン翼』みたいな スカイラブ・ハリケーンとかボール・セグウェイを想定。実現可能な技もけっこうあります。関連記事はコチラ
  • 注8 織田信長の側室 生駒氏の長女。信長の側室となり、嫡男・信忠、二男・信雄を生む。名前は「吉乃(きつの)」とされているが、史料的な裏付けはない。史料的に問題があると指摘されている「前野家文書」中の「武功夜話」に「吉乃」の名前がある。

取材・構成:加山竜司

■次回予告 日本初の「金魚すくいマンガ」を生み出した大谷先生。大谷先生の漫画家としてのルーツは○○県に生まれたことから始まっていた!? 乞うご期待!

単行本情報

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