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入江喜和『たそがれたかこ』【前編】 更年期=第2の思春期をふんばる中年ヒロインに共感、涙、励まされる!

2015/03/02


『たそがれたかこ』は自分のリアルが投影された初めての作品

――クリープハイプはどこが魅力に感じますか?

入江 圧倒的に情けないところが好きですね。私が知った頃はまだ今ほど売れてなくて、自信なさそうで……きっと自分の才能には自信があるだろうなとは思うんですけど。私はあんまり心が広くて、人間ができてる人よりも、気の小ささや自信のなさも外ににじみ出てしまう人のほうが好きなのかもしれません。

――ライブは行きました?

入江 はい。まわりは若いファンばっかりなので恥ずかしいですね。エレカシは私より年上っぽい人もいるので安心なんですが、クリープハイプの時は、美容院に行ってちゃんと武装して行きます。

――けっこう40代にもウケるタイプのバンドかなと思いますが。

入江 そうですね。でも、私みたいなのがあんまり前に行っちゃうと「こんなババア呼ぶために俺バンドやってんじゃねぇよ」って思われちゃうかもしれないし。後ろのほうでこっそり観てます。

――気をつかってますねぇ(笑)。愛ゆえだと思いますが。

入江 ミヤジに対しても最近まで「私がファンですみません」って思ってましたよ。ミヤジはライブで騒がれると迷惑そうな顔をしてたせいもあって。でも、最近インタビューを読んだら「オレたちはファンといっしょにきたバンドだから」なんて書いてあるんです。この長きにわたるツンデレはいったいなんだったんですかね(笑)。それで、最近はようやく安心して観にいけるようになったんです。同世代の友だち5人くらいで連れ立って、帰りに乾杯して「ミヤジかっこいいよね」「石くん(ギターの石森敏行)の髪型、今一番いいよね」なんてしゃべるのが楽しいです。

――『たかこ』には想像以上に入江先生のリアルが投影されているんですね。

入江 だからホントに恥ずかしいですし、この作品がまさか世の中にひっかかりがあるとは……はなはだ意外というか。

――『このマンガがすごい!2015』でオンナ編の第8位にランクインしたご感想は?

入江 まさか、ですよ! その前に「このマンガがすごい!WEB」の2014年6月のランキングで3位になった時もびっくりしましたね。

――3巻の発売時、2015年1月のランキングでも2位でしたね。

入江 私はなにかの賞には無縁の人間だとずっと思っていたので。細々と打ち切りにならないように、という目標できたので、ランキング8位なんて意外すぎて。最初に聞いた時は、何か担当さんが黒い取引でもしたんじゃないかとさえ(笑)。

担当 私にそんな権力はないですよ(笑)。

入江 「BE・LOVE」の編集長が根回しして……とかリアルに想像したんですけど、「いや、もし根回しして推すなら私じゃなくてもっとほかの人だよな」と考えてようやく納得したりして。

――疑り深すぎですよ(笑)。

入江 すみません(笑)。

――そういえば3巻のあとがきで「絶好調です」って書かれてましたよね。

3巻のあとがき。味わいのある直筆と入江節のきいた巻末コメントは必読!

3巻のあとがき。味わいのある直筆と入江節のきいた巻末コメントは必読!

入江 これはヤケクソ発言ですね。

(一同大爆笑)

――ええ!? これを読んですごくうれしかったんですけど……やっぱりノって描かれてるんだなあと。

入江 あ、まあ自分的には絶好調です。テンションはやけに自然に高まっていて。

――そういえば2巻の帯に「荒ぶる中年パンク魂をもてあます入江喜和」とあって、なんともいいコピーだと思いました。お会いして、さらに納得です!!

ミュージシャンには思い入れが深いのでつい描きこんでしまう

――3巻は動きも大きかったですね。母親にキレるところはよくぞ描いてくださったと思いましたよ。

反抗期のなかったたかこが45歳にしてついに母親に反抗。イタさを自覚しているところがリアルすぎて辛い。

反抗期のなかったたかこが45歳にしてついに母親に反抗。イタさを自覚しているところがリアルすぎて辛い。

入江 いや、こんなこと描いて申し訳ない気はしてますよ。はたから見たら、これもすごくみっともないシーンで。

――でも、激しく共感しますよ。ムカつきつつも「この年にもなってまだ親にイラついてるなんて恥ずかしいし、自分は冷たいのかな」と。でも、言ってやりたい気持ちは満々。そこでせめぎあうんですよね。

入江 感謝はしてるんですけどねぇ。

――このお母さんの、すごくこまごま気をつかってくれる鬱陶しさとか、「あなたのためを思って」的な、自己満足みたいなところは「うちの母親そっくり!」と思って読んでる人、多いと思います。

このセリフ、老母あるあるすぎる! 言っている側の他意のなさと、言われる側のイラっとくる感じもリアル。

このセリフ、老母あるあるすぎる! 言っている側の他意のなさと、言われる側のイラっとくる感じもリアル。

入江 今それを言うの? ってことをガンガン言ってくるので、そうなるとこっちも腹が立つ。そういう自分がいやになるんですよね。

――40代に限らず、女性は母親に対してこういう苛立ちを覚えがちなのでは。

入江 私の場合、若い頃のほうが許せてた気がするんですよ。年をとるにつれて「なんだこのババア」とか思うようになって、恥ずかしい。母親がああいう人だと、かえって10代くらいに反抗できないできちゃうんですよ。

――厳しい母親ではないですよね。

入江 むしろ放任。ただ、私の場合「この人を泣かせてはいけないな」という気持ちが子どもの頃からあって。

――母親が強い敵なら、10代の頃にやりあえたんでしょうね。

入江 グレる人って余裕がありますよ。80年代の有名な不良娘の家庭崩壊ドラマ『積木くずし』[注11]を観ていて、そう思いました。

――そこまでのびのびやらせてもらえていいな、という感じですか?

入江 「私がグレたらどうなっちゃうの?」という気持ちが先にありましたから。うちは父もけっこう変わり者でしたが、母は「私、ひとりで生きていけないの〜」というタイプだったので反抗するどころじゃなかったです。

――母親を怒鳴りつけて外に飛び出して、同じような気持ちになっている不登校の中学生・植松くんと美馬さんのお店に行く……という流れもいいなぁと思いました。いい大人のくせして親に反抗してしまった、そんな時に語り合うなら同世代より中学生男子がいい!

年齢の違う2人だが、やり場も行き場もない持てあました気持ちは同じ。この夜から2人ともいい方向に進めるといいなぁ。

年齢の違う2人だが、やり場も行き場もない持てあました気持ちは同じ。この夜から2人ともいい方向に進めるといいなぁ。

入江 これもババアの見果てぬ夢――と思いつつ描いてますが(笑)。

――いい気持ちにさせてくれる美馬さんという男性、同じアーティストのファンで共感できる植松少年、雲の上の存在の光一くん……たかことこの3人との距離感はいずれ変わってくるのでしょうか?

入江 まだ漠然としか決まってはいません。そんなに長くなりすぎないようにまとめたいなと真剣に考えてるところなんですが、どんどん長くなりそうでまずいなぁと。最近のゆっくりさ加減は『アストロ球団』[注12]か『巨人の星』並みですよ。1日をすごく長く描いちゃってるので。

担当 ライブシーンもかなりページを割いてますよね。ライブに行くところから連載3回くらい費やして、ようやくライブが始まる……という(笑)。

――まあそこは大事なときめきシーンですからね。入江先生も、自分の経験や想いが重なってより力が入るのではないでしょうか。

担当 光一くんと初めて会うことになるわけですからね。

入江 ミュージシャンの人って、最初ステージに出てきた時ってたいしてカッコよく見えないんですよね。あ、思ったより小さいなとか。ひと目見ただけでカッコいい人はアイドルとか俳優とかそっちで活躍しているわけで。コンプレックスがあったりするような人がバンドやったりするんじゃないかな。でも、いざ演奏が始まるとものすごく輝く! その変貌ぶりをどうにか描きたいなと思って試行錯誤したりして。

――あ、それで光一くんってあんなに普通っぽく描かれてるんですね。少女マンガだったらもっと美青年に描くものだと。

入江 それこそ失礼ながら、私の大好きな「サンボ」の山ちゃんだって、ステージの上じゃなかったらミュージシャンには見えないわけで。あ、でも私は好きなビジュアルなんですよ! 『おかめ日和』の先生の一番下の弟、眼鏡かけた光くんは山ちゃんがモデルになってるんです。好きすぎてどうしても山ちゃんが描きたくて。彼も、ステージで演奏が始まると変貌するんですよ……ヒロトさん(「ザ・クロマニヨンズ」)[注13]もそうですし。

――光一くんに好きなミュージシャンの要素を投影したところは?

入江 意識しちゃいけないかなと思って、スリーピースバンドにしたんです。4人バンドにしちゃうと、どうしてもエレカシかクリープハイプに寄ってしまいそうで。ところが、そうしたら最近好きなスリーピースバンドができてしまって。

――どんなバンドですか?

入江 「SAKANAMON」[注14]と「コンテンポラリーな生活」[注15]というバンドです。SAKANAMONはすごく意固地そうなボーカルの子がたまらんですね。ぜひ聴いてください!

40代は第2の思春期新しい扉を開けるチャンスの時かも

――最終的にたかこがどこまで変わっていくか、というのは決めているんですか?

入江 はっきりとは決まっていませんが、だんだん生きている実感というのを味わえる感じにしていきたいなと。それしか決まってないというか……そこが描きたかったことともいえます。

――抑えてきたものがいろいろあって、40代なかばになって解放されていくという?

入江 ちょうどこの年代は更年期にさしかかる歳ですが、更年期って思春期と似てると思うんです。うちの娘は思春期よりはもうちょっと上ですが、やっぱりモヤモヤしたものを抱えてるようで。「更年期もそうだよ」なんて話してます。今まで我慢できたことが我慢できなくなってる、それがすごくいやなんですが。

――30代に差しかかった頃って、「大人としてやっていく」みたいな気負いもあってか、それなりに大人のつもりでいられたのではないかと思うんです。

入江 私も、自分はその頃のほうが大人だったと思うんですよ。

――でも、結局のところ、真の意味で大人になりきれていないと……装ってただけの「大人」の化けの皮がはがれるのが、たかこ世代の第2思春期なのかも?

入江 まったくその通りでして。「大人になったつもりが、私、こんなだっけ?」と気がつくんですよね。

――でも、まだ人生は先があるわけで。いくつになってもこんなふうに自分を改革できるんだというのがすごく励まされますね。たかこが髪型を変えるシーンは感動的でした。

今までのイメージを180度変える大変身! 自分でも初めて出会う新しい自分にドキドキ。

今までのイメージを180度変える大変身! 自分でも初めて出会う新しい自分にドキドキ。

入江 本当に涙ぐましい努力をしながらがんばって自分を支えている人が多いので……そういう人たちに幸せになってほしいと思いながら描いてます。


  • 注11 『積木くずし』 正式タイトルは『積木くずし~親と子の200日戦争~』。1983年に放送されたテレビドラマ。原作は、非行に走った実娘との葛藤を描きで一世を風靡した有名俳優・穂積隆信の小説『積木くずし』。
  • 注12 『アストロ球団』 1972年から1976年にかけ「週刊少年ジャンプ」にて連載されたスポ根野球マンガ。「一試合完全燃焼」を信条に世界最強野球チームを目指す9人の超人たちの物語。単行本全20巻ながら作中で行われた試合はわずか3試合のみという異様な作品。2005年にはテレビドラマ化もされた。
  • 注13 ヒロト ミュージシャンの甲本ヒロトのこと。伝説的なバンド「THE BLUE HEARTS」のボーカルとして有名。現在は「ザ・クロマニヨンズ」のボーカルとして活動。やんちゃでエキセントリックなライブパフォーマンスは健在。
  • 注14  SAKANAMON 3人組ロックバンド。2007年に結成、2012年にメジャーデビュー。バンド名は「聴く人の生活の"肴"になるような音楽を作りたい」という思いから。
  • 注15 コンテンポラリーな生活 「健康優良不良ポップ」を自称する3人組ロックバンド。若者特有の鬱屈した想いをポップなサウンドに乗せて歌う。

取材・構成:粟生こずえ

■次回予告
多くのファンから愛される作品を生み出す入江先生。次回は先生の漫画家としてのルーツや旦那さまである新井英樹先生とのお話も! お楽しみに!!

単行本情報

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