不老不死の吸血鬼「オキナガ」の設定とキャラクターの描きかた
――オキナガの設定についてお聞きします。
ゆうき もともと古代史に興味があったんです。神功皇后(じんぐうこうごう)[注2]が、『古事記』ではオキナガタラシヒメノミコトというんです。「息長帯比売命」という字で。
――もう少し下った時代だと、息長氏という氏族[注3]からは舒明天皇(じょめいてんのう)[注4]なんかが出ていますね。
ゆうき 息が長いと書いて「オキナガ」って、日本で吸血鬼ものをやるには、いい響きだなぁと思ったんです。
――古代史も関連してきます?
ゆうき まあ、マンガですから、いくらでもデタラメを描くつもりでやってるんですけどね(笑)
――オキナガに関する設定は、読者が消化しやすいように、少しずつ明らかになっていきます。第○話までにここまでの情報を入れよう、とか緻密に考えているように見受けられますが、これは計算してやっていることなんですか?
ゆうき いやぁ、ぼくは連載前に綿密に設定をしないもんですから。だから全然、計算じゃないです。ぼくはねぇー、描きながら理解していくタイプなんで。
――自分を納得させながら描いていくタイプ?
ゆうき ああ、それですね! マンガの登場人物というのは、ある日突然出会った人なんですよ。だからマンガのなかでは、「この人はどんな人なんだろうなぁ」って、描きながらわかっていくんです。描いていると、だんだんとわかってきます。
――作中ではオキナガになることを「成り上がる」って言葉を使いますよね。これも実際にオキナガがいたら、使っていそうな言葉をチョイスしているなぁ、と感じたんですけど。
ゆうき そうですね、実生活で使いそうな言葉をできるだけ選ぶようにはしています。作中では「成って」「上がる」と言ってますけど、なんていうのかな……、人間としてそこから先がないんです。「上がり」なんですよ。
――すごろくの「上がり」みたいな?
ゆうき そうそう。「成った」ら、もう「上がり」なんです。成長もしない。
――つまり、オキナガに「成り上がった」時点の姿のまま、ということですか?
ゆうき うん、それだけじゃなくて、精神的にも成長しない。知識とかは増えていくかもしれないけどね。精神って、結局、肉体と比例するじゃないですか。身体が10代のままなら、精神も老化しないと思うんですよ。
――それは思考実験としておもしろいですね。先生の作品には、いい味のオッサンがいっぱい出てきます。
ゆうき オッサンって、知識が増えて、知恵に長けてきて、それが傍目には成長に見える……ってだけのような気がするんですけどね(笑)
――というと?
ゆうき 『白暮のクロニクル』に出てくる竹之内は、精神年齢的には30歳前後くらいの人間として考えてます。
――じゃあ、ちょっと青臭さも残っている?
ゆうき 残ってる。残ってるんだけれども、それを意思で抑えつけているようなところがあるんですね。
――久保園さんとバーで飲んでいるシーンがありますよね。これ、実年齢は竹之内のほうがはるかに上なんですけど、精神的な成熟度合いとしては久保園さんのほうが上ということになる。ということは、あのシーンは、見た目と実年齢が逆転している2人なのに、精神的な部分ではやはり見た目どおりってことですか?
ゆうき そうなります。
――それにしても、ゆうき先生はオッサンのリアリティにこだわりますね。唐沢刑事のワイシャツに、ランニングが透けているところとか。なんでこんなにこだわるんだろう、と(笑)
ゆうき ああ、あれね! 日本の昔の白黒映画って、夏のシーンがすごく暑そうじゃない? 黒澤明の、ほら、拳銃が盗まれるやつ……『野良犬』![注5]
――『生きものの記録』[注6]も暑そうですね。
ゆうき 岡本喜八の『日本のいちばん長い日』[注7]もさ、軍服にびっしょり汗をかいてるじゃない。なんかねぇ、ああいう感じを出したいんですよ。特に日本の夏は。
――そういえば『パトレイバー』の後藤隊長[注8]は、いつも暑い暑いと言って扇いでる印象があります。なんかそういう部分があると、キャラクターが生きているような感じがあります。
ゆうき 本人の意思とは無関係に、顔がピクッピクッってなること、あるじゃないですか。 マンガで表現するのは難しいんだけど。キャラクターにああいう特徴があると、おもしろいですよねぇ。『未来少年コナン』[注9]でダイス船長のバラクーダ号の乗員のひとりに、出てくると顔をくしゃっとさせるクセのある人間が出てくるんですよ。そういうのって、すごく印象に残りますよね。
――そういうキャラクターのクセは、「ここに入れるぞ!」とか、決めているんですか?
ゆうき いやぁ、どうだろう。感覚的に「ここにあったほうがいい」というか、こればっかりはちょっと説明できないです。
- 注2 神功皇后 『日本書紀』に登場する皇后。政務四十年~神功皇后六十九年(西暦170~269年)。息長宿禰王(オキナガノスクネノミコ)の娘。第14代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)を夫とし、第15代応神天皇(おうじんてんのう)を生む。仲哀天皇の死後、政務を執り行う。三韓征伐を行い、国内の内乱には武内宿禰(タケノウチノスクネ)や武振熊命(タケフルクマノミコト)を派遣して鎮圧させた。実在の人物か、伝説上の人物かは定かではない。
- 注3 氏族共通の祖先を持つ血縁集団。ヤマト王権の成立以降、氏姓(うじかばね)制度が整備されると、朝廷に仕える血縁集団として支配階級となる。代表的な氏としては、源、平、藤原、橘などがあり、「氏」と「名」のあいだには「の」(格助詞)を入れて読むのが慣例(例:源頼朝→「みなもと」「の」「よりとも」)。中世以降に家名や苗字を名乗るようになっても公式文書などでは氏を使用しており、清和源氏の庶流を名乗った徳川家康が「源家康(本姓+名)」と署名した文書が残っている。余談だが、「豊臣」は朝廷から新たに命名された氏(本姓)なので、「豊臣秀吉」は「とよとみ」「の」「ひでよし」と読む。苗字と名前の組み合わせとしては「羽柴秀吉」が正しい。
- 注4 舒明天皇 593~641年。第34代天皇。諡号は「息長足日広額天皇(オキナガタラシヒヒロヌカノスメラミコト)」。中大兄皇子(なかのおおえのおうじ、のちの天智天皇)、大海人皇子(おおあまのおうじ、のちの天武天皇)の父。
- 注5 『野良犬』 1949年の日本映画(モノクロ)。監督は黒澤明、主演は三船敏郎。主人公である若い刑事が拳銃を盗まれてしまう。主人公は拳銃の行方を捜していくが、その最中にも、拳銃を使った事件が起きる。
- 注6 『生きものの記録』 1955年の日本映画(モノクロ)。 監督は黒澤明、主演は三船敏郎。主人公の中島は工場経営者だが、水爆を恐れるあまり、全財産を投じて家族総出でブラジル移住を企画する。そこで主人公の家族は、主人公を準禁治産者とする申し立てをし裁判をすることになる。
- 注7 『日本のいちばん長い日』 1967年の日本映画(モノクロ)。東宝の35周年記念作品。監督は岡本喜八、主演は三船敏郎。ポツダム宣言の受諾を決めた御前会議から、玉音放送までの1日(1945年8月14~15日)を描く。原作は半藤利一(初出時は大宅壮一名義で刊行)の『日本のいちばん長い日-運命の八月十五日』(文藝春秋)。1988年発表のOVA『機動警察パトレイバー アーリーデイズ』には、第5話、第6話に「二課の一番長い日」と題された同作を意識したサブタイトルも登場する。
- 注8 後藤隊長 『機動警察パトレイバー』に登場する人物。主人公・泉野明が所属する特車二課第二小隊の隊長。飄々とした性格で、今でも根強く多数の女性ファンから支持されている。
- 注9 『未来少年コナン』 1978年にNHKで放映された、宮崎駿監督によるアニメシリーズ。超磁力兵器によって文明が滅んだあとの世界を舞台に、自然児・コナンが活躍する。宮崎駿の初監督作品として有名。
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取材・構成:加山竜司
撮影:辺見真也