キーワードは「逆算」! 峠流コミカライズの極意
——今回の『タレーラン』のコミカライズについては、直球、変化球どちらで挑まれたんですか。
峠 僕は、コミカライズをするときに、ものすごく原作を削るほうなんです。なんでかって言ったら、さっきも出ましたけれど、尺の問題で、全部欲張っちゃうとどれも中途半端で終わっちゃうんで。
——そうすると結果的に変化球?
峠 というか何を一番にするかですよね。どんな作品にも、そのジャンルの持つかっこよさがあるんですね。でも僕は、かっこよさとかわいさの天秤があったら、ヒロインのかわいさをとりたい。
——かっこよさのほうが好きな読者も確実に存在はしているわけですものね。
峠 『タレーラン』にもミステリのかっこよさがあるんですよ。でもそれ以上に美星さんがかわいい!
そこから逆算していくんですよ。最終章の美星さんのかわいさに物語を繋げるんだったら、何を削って、何を残すのか。そのために、各章のなかで大事なエピソードとか出来事があったとしても、拝んで「申しわけないです!」って言ってばっさり切ってる(笑)。
——逆算というキーワードがでてきましたが、『タレーラン』の難しさは、やはり最後のシーンへの伏線が非常に細かく敷き詰められているからでしょうか。
峠 これは担当さんとも、ものすごい打ち合わせしたんです。だいたい1回が2時間から3時間くらいでしたね。
——それは長い!
峠 しかも場合によってはひとつのセリフで(笑)。今回、難しかったのは、整合性の問題ですよね。普通のミステリは犯行の方法っていう事象を解き明かすじゃないですか。だけど『タレーラン』は発するセリフ自体がミステリだから、僕の感情が乗った言葉を入れてしまうと、前後の意味合いが違うところが出てくる。
——セリフがミステリというのは。
峠 えーっと、ネタバレしないように説明するのが難しい(笑)。感情というか、気持ちのあり方を隠したり、それを推理したりという展開があるじゃないですか。
——具体的に解決すべき事件も当然起こるんですが、それ以上にキャラクター同士の感情面のやりとりが重要になってくるということでしょうか。
峠 そんな感じです(笑)。編集部の方が理解深い部分やっぱありますね。
やっぱり普段みんなが使う言葉をキャラにも言わせたい。けれどそうやってセリフを選ぶと、このミステリ自体が崩れちゃう時がある。だから、普段使わないような難しい言葉をチョイスする場面もありました。特に小説のコミカライズは、セリフを短くしないといけないんで。
——マンガの吹き出しに収まる文字数、読みやすい文字数には一定の限度がありますものね。
峠 さらに『タレーラン』はそのうえで、さっきの話した感情の問題もあるわけです。セリフ回しは、ものすごい時間かかりましたね。絵を入れる作業よりも。
脚本に起こす時、これまで手がけたコミカライズは、その回に該当する原作の部分を1回ざって読みなおすだけだけど、『タレーラン』は1章描くたびに、原作1巻をまるまる読み返していたから。
——章をまたいで影響するセリフがあるということですね。
峠 ここを変えちゃうと次の章に影響しちゃうとか。そういう短いスパンならまだマシなんだけど、『タレーラン』ってそれこそ第一章のセリフが最終章に関わってくることもあるから、正直1個のセリフに対する気の使い方は尋常じゃないですね。
——コミック版『タレーラン』の制作の流れを説明いただきたいのですが。
峠 プロットを作って、ネームを切って、下絵を描いて、ペン入れっていうのが、普通のマンガ制作のだいたいの流れですよね。そのプロット部分にあたる、原作のどのシーンを描いて、どういうセリフを言わせるかを文字でまとめたものが脚本ですね。
先ほど話したように『タレーラン』は非常に入り組んだ作品なので、1章だいたい40ページ分の脚本起こすのに、3日くらいかかってた気がするかな。
——ネームよりも脚本がたいへんだったと。
峠 そうですね。『ミニスカ宇宙海賊』とか『まおゆう』だって、難しかったんですけど、あとあとの展開にまで影響を与えるセリフってのはそうそうないんですね。そういう意味では、『タレーラン』の脚本起こしはものすごくデリケートな作業でした。
——原作者・岡崎琢磨先生がインタビューのなかで、原作1巻は小説じゃなきゃできないことをやろうっていう意識が非常に強かったとおっしゃってました。その部分を崩さないで、きちんとマンガという形にしてもらえて、峠さんにやってもらえてよかったと。
峠 そう言っていただけてうれしいです。
脚本、まず一回勢いで書くんですよ。かわいいとか、かっこいいとか、憎いとか、そういう感情の起伏を大事にしたいから、まずはノリで書く。そのあとで、原作と照らし合わせる。その言葉を使っていいかとか。そうしてみるとできあがったものがまるまるダメになったり、半分ダメになったり、やりなおすこともけっこうありました。
——全力疾走をくり返すようなつらい作業ですね。
峠 普段、こんな何重にも書き直しや精査はやらないですね。『タレーラン』は、まずはノリで書き、自分で精査して、担当さんに読んでもらって。そうやって三重四重にチェックを重ねて、最終的に下書きをやった時点でもう1回って。
——それでもチェックが漏れて、原作者チェックで指摘を受けることもありましたよ。岡崎先生にはネームの段階でチェックいただいていたので、そこからの修正はたいへんでしたね。
峠 そういう意味ではチェックが大事な作品だったかなと。冗談抜きで胃が痛い作業でした。自分の思いこみだけじゃ形にできない作品でした。
これまで手がけたコミカライズで、一番難しかった――そう『タレーラン』の連載を振りかえり語る峠先生。次回、「京都」というもうひとつの『タレーラン』の魅力や、そして2巻収録のコミカライズオリジナルエピソードについてお話を伺う。9月25日更新予定!
取材・構成・撮影:このマンガがすごい!編集部