誰にでも見えるようにあえて「無個性」な主人公
――受賞作の『雪ノ女』ですが、描いていていちばん楽しかったのはどこでしょう?
相澤 うーん、雪女のこの顔ですね。まあ、かわいく描けてればいいかな、と。
――そこは意識したんですね?
相澤 今まで友だちにマンガを見せても、「相澤の描く女はかわいくない」と言われていたので(笑)。
――マンガを描く作業工程として、プロットを組んでからネームに起こしていくわけじゃないですか。
相澤 プロットでは何が起きるか、だけを書きます。それでネームを描くんですけど、けっこうリテイクをくらいます。「意味がわからない」と返事をもらって、そこから何度も直していきます。
――今回もそんな感じで?
相澤 今回は八雲版『雪女』が、10ページくらいの短編小説なので、それがプロットのようなところはあります。それに好き勝手に肉付けしていったので、やりやすかったです。
――ネームを描くのは好きなんですね。
相澤 これは読者に伝わらなくてもいいことなんですけど、柳田国男の「山人」[注5]とかもモチーフとして設定に使っているんです。山人というのは、日本の先住民俗の子孫ですね。だから土偶とか石偶の文様をトレースして、それを作中に取り入れてます。そういう細かい設定とか、裏設定みたいなものは、自己満足なので伝わらなくてもいいんですけど、考えるのは楽しいですね。だからネームを描いている時は、絵を描くツラさを忘れてるんです。
――自分で描けるかどうかは別として、ほしいシーンをどんどんネームに入れてしまう?
相澤 そう、それで「ああ100ページ超えちゃったな」となって、実際に描く時には「うわー、なんでこんなシーンがあるんだー」ってなります。
――絵を描くのはツラいんですか?
相澤 絵は苦しいですね。絵を描いてから墨で着色しているので。
――プロット、ネームと進んで……キャラはどの段階で固めていったんですか?
相澤 ネームを描いている時です。キャラを作ることに、すごく苦手意識があるんです。ネームを描く時にはあんまり考えてなくて、担当さんに指摘されてから肉付けしていく感じですね。今回は編集さんに言われて、ベッドシーンも入れたんですけど、なんかアッサリしちゃう。「もっと激しくしてもいいよ」とは言われるんですけど。
――今までそういうシーンは?
相澤 描いてなかったです。
――ところで今回はどうして主人公を自衛隊という設定にしたんですか?
相澤 これも「他者」というテーマにつながっていくんです。レヴィナス[注6]が「他者と出会う時はその人を受け入れるか殺すしかない」といった趣旨のことを言ってるんですね。レヴィナスは第二次大戦中にドイツ軍の捕虜になって収容所に入っていたらしんですけど。だから戦争のことが念頭にあると思うんです。それで「受け入れるか殺すか」みたいな選択を迫られる主人公にしたいな、と思っていたんです。日本の社会でそういう職業となると、可能性があるのは自衛隊かな、と。
――それを聞くと、雪女と最初に出会うシーンは、また違った見方ができますね。
相澤 主人公・酒井は無個性というか、記号的な存在にしたかったんです。
――たしかに自衛隊とか軍隊は、個性を発揮されちゃ困る仕事ですからね。しかし、どういった意図で記号的な主人公にしようと思ったんですか?
相澤 読んでいる人が自分を投影しやすい主人公がいいな、という意識がありました。あっさりした顔で描いたら、そういうふうになるかな、と考えていたんですね。それは今作にかぎったことではなくて、マンガを描き始めたころから思っていて、いまだに引きずっている感じです。「誰にでも見える顔」がいいんです。
――その没個性性は、置換や代替が可能という意味で、神話の主人公っぽいですね。その意味では、『雪女』という伝承をもとにした今作にはマッチしているのかもしれません。
相澤 こちらの意図がうまくいっているかどうかはわからないんですけど、自分にも起こりうる話として読んでもらえたらいいな、と思ってます。
- 注5 柳田国男の「山人」 民俗学者・柳田国男によると、「日本の先住民俗の子孫」。その末裔が山中に住んでおり、その姿を見た人々が天狗などと誤解し今日まで伝承が伝わっている、とする説。
- 注6 レヴィナス フランスの哲学者、エマニュエル・レヴィナスのこと。現リトアニアの出身で、のちフランスに帰化。大戦中はドイツ軍の捕虜となり抑留生活を送った。ユダヤ思想を背景に独自の倫理学を展開したことで知られる。