孤独な自衛隊員・酒井は訓練中に雪山で遭難、避難した山小屋でひとりの美しい女と出会った。彼女は自分に会ったことを他言したら殺しに行く、と言い残し消えた。あれは幻だったのか――数ヶ月後、酒井は家出してきたという「ゆき」と名乗る女性と恋に落ち、女の子も生まれ幸せな生活を送っていたが、酒井はある時、「ゆき」に対してある疑問が浮かび……。
明治の文豪・小泉八雲の怪談小説『雪女』をモチーフにした現代ファンタジー『雪ノ女』。作者である相澤亮先生は、本作で「このマンガがすごい!」編集部主催の新人マンガ賞「『このマンガがすごい!』大賞」の最優秀賞を受賞! 受賞&初の単行本発売を記念し、相澤先生を直撃しました。
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インタビュー第2弾はコチラから!
モチーフとなったのは、小泉八雲の名作怪談「雪女」
――受賞おめでとうございます!
相澤 ありがとうございます。
――まず初めに、なぜ今作『雪ノ女』の題材に小泉八雲[注1]の「雪女」[注2]を選んだのでしょうか?
相澤 一時期、実話系の怪談にハマっていたんです。
――『新耳袋』[注3]とか?
相澤 そうです。それで作画の作業中に、素人の方が朗読するネットラジオを聞いたりしていたんです。そのうちに「そうえいば怪談といえば小泉八雲だな」と思い出して。
――なぜそこで小泉八雲だったんでしょう?
相澤 もともとは小学生の頃に親が買ってくれた「子どもが読める怪談」みたいなものが出会いだったと思います。ちゃんと読んでいたわけではないんですけど、名前だけは知っていて、頭のなかに残っていたんです。それで「次なにを描こうかな?」とウロウロしている時に試しに読んでみたら、ピンとくるものがあったんですよ。これは自分のなかのテーマとつながるな、というのがあって、それで題材にしてみようかと考え始めたんです。
――なるほど。テーマについてはのちほどおうかがいするとして、まずは「雪女」についてお聞きしていきます。「雪女」って……怪談なんですかね?
相澤 怖くないですよね(笑)。小泉八雲は来日前から、こういう「運命の女」みたいな話を書いていたんですよ。
――ファム・ファタール[注4]というか、女性に運命を振りまわされるという意味では怖いのかもしれないですね。
相澤 小泉八雲の『怪談』に収録されているエピソードは、大半は「誰から聞いた話である」とか出典が明示されているのに、「雪女」だけ曖昧なんです。「調布のほうの農夫から聞いた」みたいなボカした書きかたをしている。だから伝承をもとにしているとはいえ、かなり八雲の創作要素も強いんじゃないかと思ってます。八雲版「雪女」はかなり早い時期に国語の教科書に掲載されるようになった影響で、日本全国の伝承が八雲版「雪女」の内容に引っ張られている、との考察している論文もあるんですよ。
――じゃあ都市伝説的でもあるんですね。
相澤 だと思います。
――「雪女」についてくわしく調べられたんですね。ただ、八雲版「雪女」をそのままマンガでやるのではなく、舞台を現代に置きかえていますよね?
相澤 最初は小説のとおりにやっていたんです。 でも「電脳マヴォ」[注5]で編集さんに見てもらった時に、「そのままやるのはどうなんだろう?」といったことを言われまして……。
――「マンガで読む名作文学」的なノリになっちゃいますしね。
相澤 そうですね。それで現代劇にしていこう、と。ただ雪女の設定とか出自なんかを考えると、現代との整合性を取るのに苦労しました。
――特にどのあたりで苦労しました?
相澤 主人公の男が雪女に共感できないんじゃないかな、という思いがありました。だから主人公と雪女の間に関係性を持たせられないんじゃないか、と危惧はしていたんです。それで、そこらへんはあんまりツッコまずに描いたんですけど。ちょうどその時期に、昔話や民話に関する本を読んでいたんですよ。そうすると、人間以外と結婚する話がいっぱいあることに気づいたんです。
――いわゆる異類婚[注6]ですね。
相澤 「雪女」もそのひとつです。でも、その手の話はだいたい最後に破綻するんですよ。でも地方によっては“続き”があるケースも多い。その子どもが長者になるとかのハッピーエンドが付け足されているわけです。どうも語り部が「これじゃ寂しいな」と思って付け足しちゃったものらしいんですけど。語り部の願望が反映されている。それだったらモチーフを「雪女」にしても、“続き”の部分を描いたら、うまく話がまとまるんじゃないかと思ったんです。
――ということは、ハッピーエンド要素を足そう、という思いがあった?
相澤 原作は後味が悪いですからね。ハッピーエンドというか、後味をよくしよう、ちゃんとした読後感を得られるようにしよう、と考えていました。
――本編では、小説のセリフを引用している箇所がありますね。
相澤 あれは浮かせようと思って、そのまま使いました。
――あえて浮いた感じを出すために?
相澤 そうです。最初に主人公が雪女と出会うシーンがあるんですけど、全然“別な人”として出したかったんです。そもそももともとの小泉八雲の「雪女」も、翻訳されたものなのでチグハグな感じがあるんです。
――その違和感が残るように。
相澤 そういうことです。
どうしてもわかりあえない 「明確な他者」としての雪女
――その“別な人”というのを、もう少しくわしくお聞かせください。
相澤 3週間ほどフランスに旅行したことがあるんです。あの国は移民も受け入れているし、本当にいろいろな方がいるじゃないですか。なかには自分とあいいれない人もいるし、共感できないというか……、明確に「他者」だな、と思うような人もいるんです。
――具体的にはどんな?
相澤 まず単純に言葉が通じないですよね。それから、観光客を騙そうとするタイプの人も、けっこういます(笑)。
――ほー、というと?
相澤 身なりは普通です。でも、たとえば道路で何かを拾うような仕草をして、「落としましたよ」って寄ってきたりするんです。だけど、その人はそこで同じようなことを繰り返している。それで、ずっとその人を見ていると、もとから手のなかに指輪とかを握っていて、接近する口実にそういうことをしているんです。
――詐欺なのかスリなのか、いずれにせよ、そういう接近の仕方をしてくるわけですね。
相澤 普通だったらこうする、こういうことはしない、こういうことがあったらどうリアクションするか……といった僕らの常識がまったく通じない相手がいるんですね。
――なるほど。では“別な人”とは、コミュニケーションが成り立たない人?
相澤 そうです。コミュニケーション不全というか、どうしてもわかりあえない人はいる。明確な他者とはわかりあえない。日本の社会で普通に暮らしていると、わりとその「明確な他者」って見えてこないと思うんですよ。
――日本の社会ではそうですね、なんとなく誰でも「話せばわかる」と信頼しているフシがあります。
相澤 そういう思いがあって『雪女』を読むと、「他者とわかりあえない物語」と読めたんですね。すごく身近で愛する人とさえ、わかりあえない悲しさとかが描かれているような気がしました。そのへんが自分のテーマです。
――昔話に出てくる動物とか異類婚は、その物語の成立した時代では交流がはばかられる身分が示唆されていたりしますね。
相澤 異類婚だと、ほかの氏族と結婚して破綻した話がもとになっていたりします。こういう話は昔からあって、話自体にも歴史があって……というのが調べていくうちにわかったんです。じゃあ、やるしかないか、と。
――……わかりあえないもんですかね?(笑)
相澤 どうですかね(笑)。わかりあいたいですけどね。
――いっぽうで読者に対しては、作品を通じて「わかってくれよ」という思いはあるわけじゃないですか。
相澤 僕のマンガは作り的に語り下手なので、伝わっていないところはいっぱいあると思います。でも、伝わってほしいですね。
――まあ、一定レベル以上のコミュニケーションは、成り立ちにくいものだと思います。
相澤 「わかりあえない」から始めて、「どこまでわかりあえるか」。わかりあおうとする努力は必要です。……と、まあ、当たり前のことを言っているんですけど、そういうことを考えていた時期に描いた作品です。
- 注1 小泉八雲 ギリシャ生まれの作家。本名はラフカディオ・ハーン。日本に帰化して小泉八雲を名乗る。明治の文豪として有名だが、新聞記者、日本研究家、日本民俗学者の顔も。昔から存在する物語や伝説、伝承などを現代風に語り直す「再話文学」の手法で、『雨月物語』や『今昔物語』などをモチーフにした小説を書く。代表作に『怪談』『骨董』など。
- 注2 「雪女」 小泉八雲の代表作で日本各地に伝わる民話や幽霊話を再話した短編小説集『怪談』に収録された短編。主人公が、昔、武蔵の国の西多摩郡調布村の百姓から聞いた話、というスタイル。
- 注3 『新耳袋』 現代の怪談・怪異譚を百物語スタイルで収録した、木原浩勝と中山一朗による『現代百物語「新耳袋」』シリーズで。1990年に扶桑社から『新・耳・袋-あなたの隣の怖い話』が出版(現在は絶版)、その後、メディアファクトリーにより『現代百物語「新耳袋」』シリーズが続々出版されブームとなる。「新耳袋」はテレビドラマ化やマンガ化もされた。
- 注4 ファム・ファタール 運命で結ばれた恋愛相手、男を破滅させる魔性の女。小説や映画でしばしば題材になる。
- 注5 「電脳マヴォ」 竹熊健太郎が責任編集長を務める無料のオンライン・コミック・マガジン。 http://mavo.takekuma.jp/
- 注6 異類婚 異類婚姻譚。人間が、人間以外と結婚する話のこと。婚姻相手は神、動物などさまざま。『鶴の恩返し』や『天女の羽衣』などが代表例。