人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、田亀源五郎先生!
日々をつつましやかに暮らす父娘のもとに、ある日ひとりのカナダ人がやってくる。彼はなんと、亡くなった弟の「夫」だった!
「月刊アクション」に連載中の『弟の夫』は、ゲイコミックの重鎮・田亀源五郎先生が手がける作品で、なんといっても田亀先生にとっては、一般青年誌で連載する初の試み! この巨匠の連載については、連載前から注目を集め、本誌『このマンガがすごい!2016』オトコ編で第11位にランクイン。今月12日には単行本最新第2巻も発売された。
今回はこの話題作の著者・田亀源五郎先生にインタビュー。制作秘話や、この作品への想いなどをうかがった。
『弟の夫』誕生秘話 「ヘテロ向けのゲイコミック」というコンセプト
——田亀先生はこれまでゲイ雑誌で作品を発表してきました。一般誌での連載は、今回の『弟の夫』が初めてです。「月刊アクション」(双葉社)で連載するに至った経緯をお聞かせください。
田亀 担当編集さんから「なにかいっしょにやりませんか?」とお声かけいただいたのが最初です。
——担当さんはどうして田亀先生に?
担当 もともと田亀先生の作品を読んでいまして、ライターの大西祥平さんに紹介していただきました。
田亀 以前、大西さんから取材を受けた際に、「ゲイ雑誌以外で描くお気持ちはありますか?」という質問を受けたんですね。
担当 その話を大西さんに教えていただき、『でしたら是非!』となりました。
——『弟の夫』は、どういったところから着想を得たんですか?
田亀 「ヘテロ(異性愛者)向けのゲイコミック」をやれたら、おもしろいだろうな、とは以前から思っていました。7~8年くらい前に、別の一般誌から声をかけてもらった時に、プレゼンしたことがあるんです。その時は話が流れてしまったので、「まあ今回もポシャるだろう」と、私はタカをくくっていたんですよ。
担当 編集長も『いいね!』と言ってくれて、すんなりと通りました。それからは、あっという間でしたね。
田亀 (掲載が)決まって、こっちがビックリしたくらいです。見本誌をいただいて、「月刊アクション」を開いてみると、かわいい女の子が出てくるマンガがいっぱい載っていて、最初は「ここで勝負するのは、いくらなんでも土俵が違いすぎやしないか?」って思いましたよ(笑)。
一般誌ならではの工夫と計算された作品設計
——一般誌での連載ということで、戸惑いとかはありませんでした?
田亀 じつは第1話は、最初のネームではここ(※下のカットの右ページ)から始まっていたんです。
——あ、もういきなりマイクが玄関に来るところから。
田亀 それが、昔からの私のやり方だと思うんです。「つかみはOK」というか。
——これが1ページ目だったら、たしかにビックリしますね。
田亀 ただそれだとテンポが速すぎるんですね。次から次へと、いろいろなことが起きすぎて、追いかけていくのがたいへんになってしまう。そこは指摘されて「ああ、なるほどな」と思いました。
じゃあその手前に導入部分を入れましょう、という話になって、少し日常風景を描くことになったんです。ごはんをつくって、夏菜を学校に送りだして、掃除をする……という家事シーンを。ところが今度は、家事シーンの止めどころがわからなくなっちゃって、延々と家事を描いちゃったんです。
——(笑)。
田亀 それで最終的には2ページけずったんですよ。
——それ、逆に言えば家事シーンが完成原稿より2ページも多かったということですか?
田亀 そうなんですよね。そもそも何のために家事シーンが必要かというと、導入部分であり、雰囲気を出すためでもあり、ちょっとした心情の説明なんかも盛りこまれているんです。で、そういうことをやろうと思えば、いくらでもやれちゃうんです。
ストーリーの本筋とは別の部分を描くというのは、これまでやったことがなかったので、筆のおもむくままに描いていたら、止めどころがわからなくなってしまいました。
——ただ、その導入部分のおかげで、すごく読みやすくなっていると思いますし、読者も入っていきやすい作りになっていると思います。というか田亀先生の作品は、とても読みやすいんですよね。
田亀 私は、自分のことを“エンタメ作家”だと思っているので、「おもしろい」と同様に「読みやすい」を常に心がけているんです。とくに「読みやすい」ですね。なぜかというと、それまで私が作品を載せていたゲイ雑誌は、マンガ雑誌ではないんです。
だから、かならずしもマンガ好きの読者だけをターゲットにしているわけではない。日頃からマンガに親しんでいない人でも、簡単に読めるものじゃないといけない。しかも読者層は、下は法律的なものがあるから18歳だとしても、上は70代や80代のおじいちゃんまで読んでいる雑誌なんですね。だから想定している読者層のレンジは、普段からかなり広くとっているつもりです。
自分が読者として世のなかのマンガを読んだ時に、ちょっとでも読みづらいと感じたり、少しでも流れが止まるように感じるものは、いっさい入れないようにしています。
——説明的なセリフが極端に少ないんですよね。絵を見ればわかる。しかし、母親の件でミスリードされたことにもつながってしまうと。
田亀 ああ(笑)。あれはね、ちょっと怪我の功名みたいなところがあるんです。
——意図していたわけではないんですか?
田亀 私のなかでは、どうしようか悩んだ状態のまま連載がスタートしたんです。まあ、死なせちゃったほうが楽は楽なんだけど(笑)。ただ、それだとあまりに、かわいそうじゃないですか。親が死んで、弟が死んで、それで奥さんまで……ってなったら。
それで奥さんはどうしようかなぁ、と結論を先送りにしたままスタートしたんですけど、奥さんを出すことで、読者に対してサプライズができるな、というのが1点。もうひとつは、この作品は「ヘテロ向けゲイコミック」ですから、“ゲイとは何か”、“セクシャルマイノリティとは何か”といったテーマがあるんですけど、そこから「家族」という普遍的なテーマに接続していけるんじゃないかという見通しもついたんです。
——それでホームドラマの体裁になっていったんですね。
田亀 そうですね、担当編集さんとも途中から「ホームドラマでいいですよね」と方向性が決まりました。
——「計算している」といったら語弊があるかもしれませんが、かなり構造の設計を考えてますよね、先生。
田亀 そのへんはかなり計算してますよ。というのも、私はマンガの作り方に対して昔から苦手意識があったんですよ。
——それはどうしてですか?
田亀 私自身、変な話、いつの間にか漫画家になっていた人なんです。もともと絵を描くのが好きだったし、小説も書いていました。それを足して、マンガっぽくしてみたら、表現の手段として効果的だった……というわけで、熱心な漫画家志望者というわけではなかったんです。
マンガを読むのは昔から好きですけどね。
——なるほど。マンガを描くということに、それほど自覚的ではなかった、と。とくにどのあたりに苦手意識があったんですか?
田亀 やっぱりコマ割ですね。感覚的にコマを割るということが、私にはできない。
ですから、マンガを描くときは、ロジックで詰めて結論を出す、といった描き方をずっとしてきました。だから延々と家事シーンを描いちゃうんですよ(笑)。
——“小津映画”みたいになっちゃいますね(笑)。
田亀 昨年、原節子さんが亡くなったので、ちょうど小津映画の『晩春』を見なおしてたんですけど……。
——『晩春』のほうですか?
田亀 そう、私『麦秋』のほうが好きなんですけどね。ただ、『晩春』を見なおしている時に、「私がやりたいことって、けっこうこれに近いな」とも感じました。穏やかな日常のなかで、ちょこっとだけ緊張が走ってさざ波が立つ瞬間がある。
——一瞬の緊張。『弟の夫』を読んでいると、なんとなく通じる部分が感じられます。
田亀 淡々とした日常のなかに緊張がある。マンガでやるのは難しいですけど、すごくおもしろいなと思います。