サービスショットと「ヘテロ向けゲイコミック」の意義
——第7話でマイクのシャワーシーンが出てくるじゃないですか。あれはサービスショットだ、と以前おっしゃってましたが。
田亀 そうですね。ゲイ雑誌で連載している頃からの私のファンに向けて、ちょっとオマケもつけましょう、と。あと、そういったオマケをつけることで、ヘテロ男性を挑発できるかな、とも思いました。
——挑発ですか。
田亀 男性向けのマンガだと、女の子のパンチラとか入浴シーンって、定番じゃないですか。それを「サービス」という形でやっている。それを男性でやると「ギョッ」とするでしょ? ……というのをヘテロ読者に体験してもらいたかった。
——男性向けマンガのサービスショットを女性が見た時には、ひょっとしてこういう居心地の悪さを感じているのかな? とも思いました。
田亀 それを結論づける必要はないと思いますよ。ただ、ひょっとしたら、そう思っている人もいるのかな? と、そういうことを感じてもらえたらおもしろいですね。
「なんでこんなところに男の裸が出てくるんだ?」と思ったら、それはすでに常識に取りこまれているということなんです。
——ところで、作品への読者の反応はどうでした?
田亀 「ネタのつもりで買ったら、読みこんじゃった!」という感想を見た時には、「よっしゃ!」って思いました。
——いわゆる「祭り」的にネタとして消費される怖さはあったと思うんですよ。
田亀 私としてはものすごく不安はありました。たとえば私のマンガの従来のファンというのは、まずゲイの男性がいます。それから冒険心のあるBL好きな女性。日本国内で個展をやった場合、その割合はフィフティ・フィフティです。
——なるほど。
田亀 『弟の夫』は、ゲイ男性とBL女子のどちらが期待するものでもないぞ、という思いが自分のなかにはありました。ジャンルフィクションの読者には、期待する方向性があって、そこからズレることを極端に嫌がる。これは経験則なんですけどね。
——いわゆる「お約束」を守らない。
田亀 それは『弟の夫』は、おおいにあるんです。仮に同じネタ、同じシチュエーションでBLを描くとしたら、まったく違う話になったと思います。たとえば……、双子の弥一が自分もゲイではないかと思い悩む。セクシャリティの揺らぎ、みたいなところを描くことになるんだと思います。それはBLとかゲイの世界では、定番のネタなんです。
でも今回は「ヘテロ向けゲイコミック」ですから、そことはベクトルが違う。ヘテロの人が「自分はゲイなんじゃないか?」と悩むことなんて、よっぽどのことがない限りないでしょう? だからジャンルフィクション的な期待値は、まったく削ぎ落としてしまっている。
私自身はおもしろいと思って描いているけれど、これまでのファンやヘテロ男性は、おもしろいと思って読んでくれるだろうか、と不安です。描きながら、ずっと自分の中の批評家が「ノンケ向けのゲイマンガなんてどこに需要があるんだ!」って、ずーっと言っているんですよ(笑)。
——以前からの先生のファンは、どういう反応を示されたのでしょうか?
田亀 「ものすごく田亀作品だ」と言ってくれる人がいて、よかったと思いました。私が恐れていたほどは、そんなに違いはなかったのかな、という感じでした。
——一般的にゲイとかセクシャルマイノリティをテーマにした作品って、いわゆる「社会派作品」的な切り口が多いじゃないですか。ルポルタージュとかドキュメンタリーとか、あるいは実話をもとにしたフィクションもそうですけど、そういった作品は「それ専用のテンション」にまず自分を持っていかないと、なかなか見ることができないんですよね。 田亀 そうですね。
——それはゲイがテーマに限った話じゃなくて、たとえば偉人でも事件でも犯罪者がテーマであっても同じ。でも『弟の夫』の場合は、ホームドラマの装いで、すんなりと読み始めていけるところが「すごい」んです。 田亀 伝えたいことは明確にあるので、それをどうスムーズに提示できるか。そこはとくに気をつけています。 ——「社会派作品です」と提示されると、「重いな」と身がまえちゃう読者は多いですよね。 田亀 だから声高に叫ぶのではなく、もうちょっとこう、揉みほぐせないかな、と……。硬直化して意固地になられちゃうのが、一番怖いですからね。 ——なるほど。 田亀 『弟の夫』がスタートしたときには、まだ渋谷区の同性パートナーシップ条例の話も出てきていなかったんですけど、将来的にそういう話が出てきた時のための下準備になればいいな、畑を耕すことができればいいな、と。もちろん、直接的なヘイトや差別には、対抗言説がいっぱい出てきていて、そこでがんばっている人たちもいます。 『弟の夫』制作時の、田亀流マンガロジックや、キャラクター描写で苦労した点など、ここでしか聞けない、貴重なお話をたくさん話していただきました! 取材・構成:加山竜司
それは尊重しつつ、私がヘテロ向けの広いフィールドで作品を描くんだったら、そういう「揉みほぐすこと」ができたらおもしろいんじゃないかな、と思っていました。
次回、タイトルの対象でもある「夫=マイク」のキャラクター創作秘話や、さらに作品の魅力に迫るインタビューをお届けします。
撮影:辺見真也