人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、ヤマザキマリ先生ととり・みき先生!
古代ローマの博物学者で、奔放な知識欲と豪放な行動力をあわせ持った人物、プリニウス。彼とその時代について、虚実織りまぜて描いた歴史伝奇ロマンマンガ『プリニウス』。
あの大ヒットコミック『テルマエ・ロマエ』のヤマザキマリと、理系ギャグSFマンガ家としてカルト的人気を集めるとり・みきの合作マンガとして、月刊誌「新潮45」での連載開始当初から大きな話題を集め、「このマンガがすごい!2016」では、オトコ編18位にランクイン。今年6月には、単行本第4巻の発売と同時に、その魅力を徹底解剖したガイド本『プリニウス完全ガイド』が発売されるなど、ますます目が離せない本作。
今回、ヤマザキマリさんの帰国タイミングで、作者2人の貴重な対談が実現。森羅万象を網羅する『プリニウス』の世界に迫りました!
「やっぱりおじさん描きたい(笑)」
そんな著者が選んだおじさん「プリニウス」とは!?
――まず、なぜプリニウスという人物を描こうとしたのでしょう?
ヤマザキ 「とにかくガチンコの古代ローマの話を描きたい!」という思いは、『テルマエ・ロマエ』の連載をしていた頃からありました。いちいち日本へワープしたりコメディに落すのではなく、もっと詳細に古代ローマを伝えられる内容にしたかったんです。「じゃあ何をテーマにしよう?」と考えた時、プリニウスという人物を主人公にすれば多様な古代ローマが描けておもしろいんじゃないかと。私が古代ローマを描こうとすると、どうしても文化比較的な視点が入っちゃうんですが、地震などの自然災害が多いという日本との古代ローマの共通性を描くうえでも、プリニウスは当時、火山や地震について研究していたので、もっともふさわしい人物だと思ったんです。
――プリニウスについて、お2人は単行本収録の対談のなかで「日本でいえば南方熊楠[注1]みたいな人」と説明されていて、なるほどなあと。自然界を網羅する知識を持ちながら、お風呂に入ってる時も一言一句を秘書に記録させたり、いわゆる偉人とも違う奇人型の天才であり、根拠なき自信家でもあり…。マンガの主人公になりうるチャーミングな魅力がありますよね。
ヤマザキ そうですね。やっぱり普通のありきたりの登場人物ではおもしろくないですし、みなさん知ってのとおり、私は長い物に巻かれない変なおじさんを描くのが好きなので、やっぱりおじさんを描きたいって(笑)。
とり プリニウスの著書で『博物誌』[注2]って個人編纂の百科事典みたいな本があるんですけど、そのなかで彼はすごくインチキくさいこともいっぱい書いてるんですよ。現在の科学知識から見れば間違った解釈とか、怪奇現象っぽいこととか、ユニコーンやドラゴンなんかの怪物もいっぱい出てくる。それがマンガ向きだなとも思ったし。
ヤマザキ そういう変な想像物をとりさんが描いてくれたら、どんなにおもしろいだろうって気持ちはありましたね。
とり 『博物誌』に関しては、僕もあんまりくわしくはなくて。澁澤龍彦[注3]が書いた『私のプリニウス』っていう『博物誌』のガイド本経由で知って、たぶん日本で『博物誌』を知ってる人のほとんどはそのクチじゃないかと思うんですけど、マリさんに聞いたら本人に関する史実はほとんど残ってないということで。だったら逆にフィクションで膨らませられるのでおもしろくなりそうだなと思いましたね。さらには、彼の生きていた時代はローマ史的にもポンペイ地震とか、ローマの大火とか、キリスト教迫害とか、最終的にはヴェスヴィオの噴火とか、スペクタクルな出来事がたくさんあった時代なので……。
ヤマザキ いわゆるプリニウスは皇帝ネロ[注4]の時代に生きていた人なのですけど、長きに渡る古代ローマ史のなかでも、この皇帝については映画や文学といった形でもたくさんの記録が残っています。特にヨーロッパではネロはキリスト教を迫害した暴君という描かれ方がほとんどなのですが、そういう視点ではない、宗教的拘束に捕われないネロの描き方もアリだよなと思って。
とり これまでのそういった映画や文学にはプリニウスはほとんど出てこないんですけど、そもそもポンペイの噴火のことを叔父のプリニウスの行動とともに記述したのはプリニウスとその甥の小プリニウスなので。
ヤマザキ 自然災害を描くうえでも、日本は現役の火山地震大国ですから。とりさんなんかは特にそういう情報にもくわしいし、世界のどんな漫画家よりも地震についての詳細――それに対する人間の恐怖感とか、発生後人々が実際にどう対応していたかという状況――を、うまく描けるんじゃないかと思いましたね。
現在の日本を照射する、歴史的・SF的視点とは!?
――たしかに、地震のシーンの倒壊した建物とか、逃げ惑う人々とか。プリニウスたちが「津波が来るぞ!」って丘の上の神殿まで走るシーンなんかは、東日本大震災がイヤでも重なってゾッとしました。プリニウスのいた時代を描くことで、地震を含む「現在の日本」を照射するということは、当初から想定されていた部分なんでしょうか?
ヤマザキ 最初から目的にありましたね。『テルマエ・ロマエ』がお風呂をモチーフにした文化比較だとしたら、『プリニウス』は自然災害を軸にした文化比較みたいな感覚で。身近なものや身に覚えがあるものが出てくると感情移入できるじゃないですか? 単に古代ローマといっても、自分とは縁もゆかりもないと思うかもしれないけど、お風呂や地震というお互いの共通項をテーマにすれば、読者の方たちとの距離も一気に近くなりますよね。
――復興作業を急がなきゃいけないのにネロが競技場の建築を強行しようとしたり、アパートの家賃が上の階に行けばいくほど高くてたいへんみたいにぼやくシーンなんかは、まさに日本とまんまいっしょだ! と妙に親近感が湧きました。
ヤマザキ 冒頭にも言ったとおり、なんでもない日常的で等身大の古代ローマネタをいっぱい描きたかったのはありますから。
とり 2000年前の話なんだけど、都市が抱えてる問題ってだいたいいっしょなんですよね。昔の人もやってることはなんの変わりもない。『博物誌』を読んでると、研究だけでなく、プリニウスの私情みたいなのが吐露された箇所があって、共感するし、おもしろいんですよね。
――そういう意味で、お2人が感じられる「歴史もの」の魅力や醍醐味はなんでしょう?
ヤマザキ 私は昔から遠い昔に過ぎ去った事象が記録されている歴史ものを読むのが大好きでした。人間の観察記録というのか、今も古代の歴史ものを読んでいると、一番至福に浸れる。
とり あと、歴史を知ればおごりがなくなりますよね。先人もこんな過ちをしていたとか、今考えてることはじつは2000年前の人も考えてて、けっして新しい独自なことじゃないとか、過去を知ることで謙虚になれる。同じことを繰り返してどうするみたいな。
ヤマザキ そうそう、古代ローマの千年の間に、まったく同じことを1サイクルやっちゃってますからね。
――過去を知ることで、いま自分がいる時代をまた違った視点で発見できるおもしろさはありますよね。
ヤマザキ だから、今起こっていることに対しても、あ、今この段階にいるなとか、俯瞰した客観的な視点が持てますよね。人間関係でも政治的状況でも、その渦中にいると何も見えなくなっちゃうことが多いし、歴史を学ぶことは、自分の置かれてる状況を俯瞰して見てみるような訓練にはなると思う。
――俯瞰して見るって、実人生においても非常に大事ですよね。
ヤマザキ そうなんですよ。なんでこんなことが起きるんだ?とか、いちいち動揺しなくなる。実際、未だに十字軍[注5]的な諍いは終わってないじゃありませんか。ユダヤ人のディアスポラなど、今世界で起こってるいろんな問題も、根っこは古代ローマにあって、それがいまだに解決してないとか、すごいなって。
とり 「ハドリアヌス[注6]に征服された恨みをはらさずおくべきか」ってね。
――そういう視点って、SF的でもありますよね。SF畑出身のとりさんとしては『プリニウス』も一種のSFではあります?
とり そうですね。物事を違ったレイヤーで見るという視点がSFの醍醐味なので。単に宇宙人が出てきたり、タイムトラベルするだけだと僕はあまりSFとは呼びたくないんだけど、たとえばタイムトラベルした結果、何かの比較がおこなわれて、新しい視点や世界の見方を主人公なり読者なりが得られるのがSFの醍醐味だと思うので、そういう意味では僕はSFと思って描いています。
ヤマザキ だから、『プリニウス』はたしかに歴史マンガではあるんですけど、ファンタジーも存分に盛りこまれていますから、SFマンガとしてももっと注目してほしいですね。
- [注1]南方熊楠 明治から昭和にかけて活躍した、日本の博物学者、生物学者、民俗学者。菌類学者として粘菌の研究で世界的に高く評価されている。子どもの頃から驚異的な記憶力をもち、常軌を脱した読書家ゆえ「歩く百科事典」と呼ばれ、奇抜な言動から多くの逸話を残している。
- [注2]『博物誌』 プリニウスが著した全37巻からなる書。地理学、天文学、動植物、鉱物などあらゆる知識に関して記述された百科事典だが、非科学的な内容も多く含まれ、古代ローマを知るための資料として美術史上も珍重された他、幻想文学にも影響を与えた。史実にほとんど記されていないプリニウスを知るための唯一の手掛かりで、マンガ『プリニウス』も『博物誌』を下敷きに描かれている。
- [注3]澁澤龍彦 小説家、フランス文学者、評論家。フランス文学を中心とした翻訳に始まり、中世から近代までのヨーロッパにはびこる歴史教科書には載らない人間の歴史を縦横無尽に語り、幻想的で倒錯した独自の美の世界を確立した。
- [注4]皇帝ネロ ローマ帝国の第5代皇帝。自らの母や元妻を殺害、ローマの大火の犯人としてキリスト教徒を迫害したことなどから、暴君として悪名高く、文学やオペラの題材として後世に名を知られているが、マンガ『プリニウス』では、それらとはひと味違ったこネロ像が描かれている。
- [注5]十字軍 ヨーロッパのキリスト教国が、聖地エルサレムをイスラム教国から奪還するために派遣した遠征軍のことである。11~13世紀にわたって聖地エルサレムをめぐる戦いが繰り広げられた。
- [注6]ハドリアヌス 第14代ローマ皇帝。「五賢帝(1世紀末から2世紀後期に在位したローマ帝国の5人の皇帝)」のひとり。帝国の防衛力を整備し、カレドニア人との紛争が続いていたブリタンニア北部に「ハドリアヌスの長城」として知られる防壁を構築した。マンガ『テルマエ・ロマエ』はハドリアヌス帝時代が舞台。