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ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス』対談インタビュー 時を超えるお風呂SFコメディ『テルマエ・ロマエ』を手がけた著者を魅了する、新たな“古代ローマ人のおじさん”とは!?

2016/09/12


“ヤマザキマリ×とり・みき”という魅惑のコラボレーション!

――それにしても「原作/作画」といった明確な役割分担がない形での「合作」というのは、マンガ史においても前例がないことですよね。

とり 企画モノとしては過去にもありましたが、これだけ本格的にがっつり組んで何年も連載で…というのは、なかったですよね。企画モノというのは「合作」そのものが最大の売りであるというマンガね。その場合、お互いの絵柄はそのままで融合しないほうが売りになるわけですが、『プリニウス』はそうではないからね。

――合作のそもそもの発端は、『テルマエ・ロマエ』の6巻あたりから、とりさんが背景アシスタントとして参加されたのがきっかけと伺いましたが……。

ヤマザキ 当時は名前は出してなかったんですけど、やっぱり『テルマエ・ロマエ』で古代ローマの世界観を描こうとすると、単純にひとりではムリだなって痛感したんですよ。映像は浮かんでても、締め切りと自分ひとりだけのスキルでは追いつかない。建築物もそうだし、ましてや『プリニウス』は自然災害というのが大きなコンセプトとなるマンガですから、精密でインパクトのある自然描写は大きなポイントでしたし、『博物誌』のなかに出てくる森羅万象の様々なものも主人公にならなきゃいけない。それに説得力をもたらせられるのは、やっぱりとりさんだなって。アイデアを思いついた当初から声をかけさせていただきました。

とり だから『プリニウス』って、プリニウスという人物を狂言回しにした物語ではあるんですけど、人間だけが主役じゃない。動物とか建造物とか地球とか、すべてありきの物語で。日本のマンガはやっぱりキャラクターが中心で、背景もキャラクターをどう活かすかと最優先に考えて構成されていて、ここは主人公の感情をバッと押しだすところだというシーンでは背景が省略されたり、主人公中心。でもこのマンガの場合はキャラクターも動植物も背景もみんな等価であると。

ヤマザキ 私も絵画畑の人間なので、どうしても絵を描く感覚でマンガの原稿を描いてしまうところがあって。やっぱり背景も含めてじっと見つめていられる絵……って思うと、背景も端折れない。風景画と同じように、マンガでも背景が人物よりも物語を語る場合もあるわけです。だから美術館に行ったときにたくさん絵が陳列してあるような感覚に近いのかもしれない。

――プリニウスの家のシーンとか、まさに絵画的ですね。部屋に並ぶ静物や庭の植物が猫の視点で捉えられていて、窓から差す光の陰影とか、1コマだけとりだしても鑑賞に耐えうるもので。万物とともにあるプリニウスという人物を雄弁に物語っている。

プリニウス邸の様子が、飼い猫・ガイアの視点で緻密に描かれる。

プリニウス邸の様子が、飼い猫・ガイアの視点で緻密に描かれる。

とり とはいっても、やっぱりマンガだからあまりにそうなりすぎても、ページをめくるスピードが遅れてしまうこともあるし、スピード感が必要な場面もありますから、そこは色々工夫して読みやすくなるように毎回考えてるつもりですけどね。

ヤマザキ 前回のエピソードはちょっと重かったから、今回はちょっと笑いをいれていこうとかね。

――ちなみに、お2人の役割分担はあるんですか?

ヤマザキ 内容とストーリーはほとんど私かな。考証とか考察が楽しみなので、私が一度構築した物語をこういうシーンも入れたいのだけどと打診しつつ……。私、マンガを描いてて一番楽しいプロセスは実は調べものや考証をしてる時かもしれません。本を読んでメモ取りをしている時が至福の時(笑)。専門家に突っ込まれても持論で返せるようできるだけ突き詰めるわけですが、日本語でもイタリア語でも英語でも同時代の事を捉えている文献を比較するのがまたおもしろいわけです。この人とこの人、言ってること違うわ!って(笑)。

とり 僕も考証にはこだわるんですけど、2人でそれやってるとガチガチになってしまいますから、とりあえずネームまでは完全にヤマザキさんに任せてます。あとからチェックは入れるけれども。

ヤマザキ テルマエの時も言われましたが、専門家的には『プリニウス』もマンガという形態ではあるけど論文的な要素があるようです。私はとにかく描きたいことが常に溢れてて、つい暴走して文字だらけになってしまいがちなので、そこにストップをかけて、うまくマンガという形式に収まるように修正してくれるのもとりさん。そういう意味では、彼には編集者的な側面もありますね。

本作を手がけるヤマザキ・マリ先生。古代ローマへの熱い思いを語る。

本作を手がけるヤマザキ・マリ先生。古代ローマへの熱い思いを語る。

――逆に、巨大イカとか半魚人などの怪物や自然の精密で幻想的なシーンなんかは、とりさん節全開ですよね。

ヤマザキ そうそう、人物は基本私なんだけど、変な怪物は全部とりさん。おもしろいのが4巻の表紙を見てたら、描いた記憶がないのに、あれ? これ私が描いた鳥だよって。合成されてるんですよ。

とり 僕の役割は特撮監督みたいなところがありますから。僕とマリさんの素材を使って最終的に合成作業をするのは僕です。人間ドラマに関してはヤマザキさんのほうが僕よりもポピュラリティあるし、ストーリーとキャラクタの力が強いので、そこは完全にヤマザキさんにまかせて、こっちはマニアックな部分を担当しようと。

本作には様々な怪物や伝説上の生き物が登場! こちらは話題にも出た半漁人。こ……怖い!!

本作には様々な怪物や伝説上の生き物が登場! こちらは話題にも出た半漁人。こ……怖い!!

――もはや科学現象!

ヤマザキ こういう特撮感覚は私にないので、毎回なんじゃこりゃって楽しませてもらってますね。ネロのお母さんの幽霊が出てくるシーンも、私はペンで普通に描いただけなのに、こんなふうに反転した感じでおどろおどろしくなって上がってきた(笑)。あと、下絵では真っ白だったところに山ほど描きこんであったり。だから、作品のなかの化学反応として、ひとりの作家ではありえないことが起きてますね。

該当の幽霊のシーン。これはネロだけではなく、読者も思わず悲鳴をあげちゃう!?

該当の幽霊のシーン。これはネロだけではなく、読者も思わず悲鳴をあげちゃう!?

ヤマザキ そう、だから外国の人がこれを見ると、とても不思議な気持ちになるみたい。ガチンコな歴史物語だと思って読んでたら、いきなり意表を突かれる怪物が出てきたりして、あれ?って。

とり アメコミとかバンド・デシネは絵はすごいんですけど、その分慣れないと読みづらい。僕らが普段よんでる日本のマンガの感覚からすると、ストーリーが追いづらいんですね。『プリニウス』はそういう日本のマンガのよい部分と海外のグラフィックノベルのよい部分をうまい具合に掛けあわせて、描きこんであるけど読みやすいというのを目指してるんですけどね。

ヤマザキ あと、変なユーモラス性っていうんですか? それを入れないと読者に対して冷たいものになっちゃう。でも、それって日本のマンガというエンタテイメントのエキスを吸ってきた人間でなければ、出てこないセンスだったりするんですよね。

とり 日本のマンガに出てくるギャグは多かれ少なかれ、メタ的なんですよね。マンガ表現そのものがギャグになってるという。バンド・デシネとかアメコミでも笑うシーンはあるんですけど、それはあくまでかっちりした舞台のなかで、マンガの登場人物がコメディ的演技をやるおかしみ。日本のマンガの場合は、突然これはマンガですよとアピールするような笑いで、全体の重厚さからすると本当にくだらない、下手すると物語を壊しかねない楽屋落ち的な笑いがポコッと入ってたりする。でも読者も慣れているからその落差がおもしろかったりするんですね。

ヤマザキ そうそう、それ大切ですよね。

とり そういうのを僕らは手塚治虫[注7]さんや水木しげる[注8]さんから学んで……。

ヤマザキ 水木しげるさんは大きいよね。4巻の頃にちょうど水木さんが亡くなられたんですけど、お互いになんとなく彼へのオマージュ入れてたんです。申しあわせてないんですけど、お互い考えてることが根本的に似ているので出ちゃうんですよ。やっぱり私もとりさんの作品が好きで読んでて、最初から“阿吽のセンス”を期待してお声を掛けたのもあるので。しかも、この作品の中心にいるのがプリニウスだというのも大事なんですよ。たとえばネロが主役だと、要所要所にくだらないギャグいれてもミスマッチだったりするんだけど、プリニウスのキャラだったら何やってもアリだなって。

とり そういうのも含めて、プリニウスが主人公だからこそできた作品ですね。


話題作『プリニウス』を手がけるお2人が、本作で「合作」するに至った経緯やマンガづくりの裏話など、古代ローマへの熱い想いとともにたっぷり語ってくださいました!
次回、さらに制作の裏側や、気になる今後の展開について語ってくださったインタビューを公開します!
インタビュー第2弾は9月18日に更新予定なのでお見逃しなく!


  • [注7]手塚治虫 『鉄腕アトム』でおなじみの漫画家、アニメーション作家。1989年2月9日没。数々の新しい表現方法でストーリーマンガを確立し、文学や映画をはじめ、あらゆるジャンルに多大なる影響を与える。戦後日本においてマンガの草分け的な存在として活躍した。
  • [注8]水木しげる 『ゲゲゲの鬼太郎』でおなじみの漫画家、妖怪研究者。2015年11月30日没。妖怪漫画から戦争漫画、伝奇評伝まで、多岐にわたる膨大な作品を遺した。『猫楠-南方熊楠の生涯-』は『プリニウス』読者は必読!

取材・構成:井口啓子

単行本情報

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