「読者に結末を想像させる」のがいいマンガの条件
──本作は、小学校の先生が1980年代のできごとを語るという構図になっています。このような時代設定にしたのはなぜでしょう。
松下 極端なことをいうと、昔にさえしていれば何年でもいいとは思っていたんです。現代が舞台だったら「こんなことあるわけない」と思われてしまうだろうけど、昔にすれば「この時代はこんなこともあったのかも」ととらえてくれるだろうと。たとえば私たちが江戸時代を思い浮かべるとして、その長い時代のなかの細かい差異はわからないように。
──それこそ世界名作劇場もそうですね。私も『小公女セーラ』がいつ頃の話なのかわからないので、ツッコミを入れるような気持ちにはいっさいなりません。
松下 先々できるだけ長く読まれる作品にしたい、そのためにはどうすればいいか考えた結果でもあります。
──1980年代とはいってますが、ざっくりとした「昔」の話にすることで、「普遍的な物語」の構造をまとっているわけですね。2巻で完結する長さも最初から想定していましたか?
松下 そうですね、最後まで読んでもらいたい作品だから。こうした内容ならリンちゃんの毎日をどれだけ長く描くこともできますが、それをしたいとは思いませんでした。描き始めた時点でラストを想定していましたから、最後まで通してこの作品をわかってほしいという想いが強くありました。
──初夏から始まって、やがて秋になり冬になり、季節ならではのエピソードが綴られて。亮くんとリンちゃんの心理的な距離がだんだん近づいていって、初詣の頃にはデートのような雰囲気になるのがほほえましかったです。4コマ形式ですがしっかりストーリーマンガですよね。
松下 かなり昔に読んだ藤子・F・不二雄先生のマンガの描き方の本で、「ドラえもん」の長編マンガについて「これは4コマを続けて描いてます」と紹介されていました。私のマンガのベースにはそれがあると思っています。手塚治虫先生も、そのほか尊敬している作家さん方もみんな「4コマは大事だ」とおっしゃっていて。「まず4コマをやらなきゃ」というところから入ったんです。
──それにしても2巻(『ひとり暮らしの小学生 江ノ島の空』)終盤のドラマティックな急展開には驚きました。ネタバレ自粛しますが……途中で「ああ、これは小学4年生の1年間のお話なんだ」と気づきましたが、それにしてもあんな別れが待っているなんて。
松下 いつまでもこの日々が続くと思っていても、変化は急に訪れる。現実ってそういうものですよね。
──そして、終盤じわじわと「あ、そういうわけだったのか」と気がついていき……エピローグではカタルシス爆発! 1巻冒頭から読みかえしたくなります。
松下 私は、読者が結末がどうなるのか自然に想像することが、よいマンガの条件だと思っているんです。
──言葉をかえれば「期待する」ということですね。
松下 想像したとおりの結末になって「うれしい」と思う人もいれば、「なーんだ」と思う人もいるでしょう。そこは好みが分かれるところだと思いますけど。
──想像どおりになってホッとしたいときもあるし、裏切られたいときもあります。どちらにしろ、読者にとって重要なのは本気で「どうなるの?」と高まることができるかどうかですね。
臨場感を高める「鈴音食堂の収支計算書」
──舞台を江の島にしたのはなぜですか?
松下 とにかく大好きな場所だからです。北海道出身なんですが、進学を機に上京して……東京でできた友人と初めてバイクで日帰りツーリングしたのが江の島で。19歳のときです。すごく楽しくて、それからおりにふれて行くようになりましたね。
──海に入るでもなく?
松下 はい。バイク仲間とツーリングで行くことが多いかな。ひとりで行くこともあります。お土産屋さんが並ぶ街並みが、一年中お祭みたいな感じでいいんですよね。自分にとって心の故郷のような場所です。
──以前に江の島をマンガに描いたことは?
松下 なかったです。江の島に住めないかと思って賃貸物件を調べたりしたことがあったので、私と同じように江の島暮らしに憧れてる人はけっこういるんじゃないかと。物件は、結局諦めましたが。
──家賃が高いんですか?
松下 そもそも観光地なので、手頃な物件がそんなにないんですよね。
──リンちゃんのお店にモデルはあるんですか?
松下 江の島じゃないんですけど。「江戸東京たてもの園」(東京都小金井市)の昭和の建造物を参考にしました。
──しかし、リンちゃんの生活ぶりにはかなりハラハラします。各話の後に載っている収支計算と「全財産」の額面が気になってたまりません。特に大家さんが滞納していた家賃を回収していった回は衝撃的でした!
松下 この収支計算のページは、マンガがほぼ完成した後からつけたんですよ。これを描いてるときに、ちょうど沢尻エリカ主演の『ファースト・クラス』というドラマがやっていて。ファッション雑誌の編集部を舞台にした話で、ヒロインはアルバイトで一番の下っ端なんです。毎話ごとにエンディングで登場人物のヒエラルキーを示すランキングが発表されるんですが、たったそれだけのことでドラマの臨場感を効果的に高めているのがすごいなと。これ、マンガにも使えるなと思ったんです。
──見事な応用力! たしかにこのページ、ただの記録ではなくてマンガ全体の演出になっている気がします。残高0円になっても「ガンバルぞ!!」と前向きなのでホッとしたり……リンちゃんは危機感を持ってるんですかね?
松下 危機感は持ってるんですけど、大人とは違う感覚なので。そんなに先のことまで考えて生きていないぶん、大人ほど深刻にならないんだと思います。
──とりあえず学校という居場所もありますしね。
松下 小学4年生ですから世の中の仕組みをわかっていないんですよ。だからがんばれるんだと思う。中学生くらいになると社会の仕組みもわかってきて、このままではいられないんじゃないかな。コミカルなドラマになるのは小学生だからですね。
──中学、高校と成長していく姿も見てみたいです。松下先生、ありがとうございました!
『このマンガがすごい! comics ひとり暮らしの小学生 江の島の夏』
松下幸市朗 宝島社 ¥700+税
(2016年11月10日発売)
『ひとり暮らしの小学生』のルーツにせまり、また松下先生独自の演出方法も聞きだすことに成功した今回のインタビュー。
次回はさらに松下幸市朗先生の漫画家としてのルーツまで掘りだします!
優しくて切なくて、クスッと笑えるこんなマンガを描く人っていったいどんな性格なの!? インタビュー第2弾は11月24日(木)公開予定! お楽しみに!
なお、松下先生の最新作『ひとり暮らしの小学生 江の島の空』は現在「このマンガがすごい!WEB」で絶賛連載中だ!
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取材・構成:粟生こずえ