人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
1枚の原稿にこめられた描き手の矜持や逡巡を完全パッケージ
近年、人気マンガの原画展が急増している。実際に美術館に足を運び、印刷時にはわからなかった色の濃淡や筆の跡、余白に残された試し描きを見て、生原画が放つ莫大な情報に心を動かされた人も多いだろう。
では、もし原画の生きた質感を忠実に再現した複製原画集があったら?
しかも、1枚1枚が取り外せて、お気に入りの1枚を部屋に飾れるとしたら?
そんなファンの夢を具現化した複製原画集『少年の詩』がついに発売になった。全編を飾るのは、竹宮惠子先生の傑作『風と木の詩』のジルベール・コクトー。コミックスのカラーや個展用に描きおろした原画から、竹宮先生自身が選び抜いた原画は全部で32点に及ぶ。
去る1月14日に八重洲ブックセンターで行われたトークショー&サイン会に、お母さまから譲り受けたという紋付きの着物にレース帯で登壇した竹宮先生。その一部始終とサイン会後のインタビューの模様を一挙公開!
個展用に描きおろした「私だけが知っているジルベール」
――今回の複製原画集『少年の詩』の絵はすべて先生が選ばれたということですが、どういう構成なのかや特に気に入っている絵などを教えていただけますか?
竹宮 今回の原画集用に選んだ絵はすべてお気に入りのもので、『風と木の詩』連載中に描いた1色やカラーの原稿と、個展用に描きおろした作品を混ぜています。(原画集をめくりつつ)この「夏嵐」は個展をやっていた頃に描いた絵で、サイズも大きめ。普通の原画はB4サイズなんですけど、この絵で使っているパステルって、大きく描かないと細かいところが描けないんです。
――お気に入りのポイントを教えていただけますか?
竹宮 そうですね。マンガのなかでキャラクターを描く時は物語のために必要なシーンを描くわけですけど、私はジルベールのなにげない表情が好きで。私は彼のことをよく知っているので、そういうシーンを捉えることができるという自己満足的な興味から描いたという感じです。遠景のジルベールってなかなかないですし、この絵は風に吹かれていて顔もほとんど見えていないでしょ。ジルベールって強い瞳で正面を見ているイメージがありますが、それはそう描かないと気持ちが捉えられないからなんですね。だけど、私のなかのジルベールってもっと自然児っぽいイメージなんです。
──1ページ目の「青い夕暮れ」は不思議な絵ですよね。
竹宮 年代をおって様々なジルベールを描いた絵ですが、背景はベルサイユ宮殿に行った時に自分で撮った写真をモデルにしています。宮殿内に小さな東屋があって、夕暮れ時にそこで写真を撮ったら、東屋に後ろの背景が写りこんでいたんですね。その写真を寺山修司さんが遊びにいらした時にお見せしたら「おもしろい写真だね」といってくださって、それがすごくうれしかったんです。思い出の写真もどんどん色あせていってしまうことを考えた時に、「描いておきたい」と思って背景に使いました。
──そんな思い出が! では、読者人気の高かった絵を教えていただけますか?
竹宮 表紙にもなっている「中世の服」もすごく人気がありました。増山(法恵氏)から「あなたの描く横顔はいいわね」といわれたことがあって、「正面じゃなくて横顔がいいってどういうこと?」と思いつつ(笑)、横顔には自信もあったので描いた非常に少年らしい1枚です。「夏化粧」も人気がありました。この絵はステンドグラス越しに見たジルベールの絵にしたかったんですけど、手づくりのガラスの色味やニュアンスを出すのが難しかったです。
──カラーの美しさもさることながら、1色原稿のホワイトの跡まで見られるのは複製原画の醍醐味です。
竹宮 そこに関しては、「そんなものは出さないでほしい」という方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)、私が原画ダッシュ[注1]に取り組んできたのも、そういった手仕事の跡が好きだからなんです。ホワイトも経年変化で黄色く変色するんですが、同じように黄色く変色した原稿用紙との差があまりなくなってくるので、それを拾うのが難しいんですよ。単純に白くすればいいという問題ではないので。そういった部分からも、歴史のようなものも感じていただけたらと思います。
画材や色合わせなど、実験の軌跡がここに――
──(トークショーとサイン会が終わって控室でのインタビュー)おつかれさまでした! まずはサイン会を終えての感想をお願いします。
竹宮 みなさん、よく昔のことを思い出して来てくださるものだなとありがたく思っています。昨年、3冊の本(『少年の名はジルベール』小学館・『カレイドスコープ』新潮社・『少年の詩』宝島社)が次々に出たので、若い方もけっこう来てくださって。なかには19歳の方もいて、本当にうれしいなと思いました。
- 注1 原画ダッシュ コンピュータにマンガ原稿を取り込み、綿密に色調整を重ねた上で印刷した、精巧な複製原画。京都精華大学マンガ学部教授の竹宮惠子先生が中心となり、退色しやすいデリケートなマンガ原稿の保存と公開を両立させるために開発され、現在では、京都精華大学国際マンガ研究センターと共同で研究が進められている。