『天上の弦』第1巻
山本おさむ 小学館 \505+税
8月28日は「バイオリンの日」。1880(明治13)年の8月28日、松永定次郎という深川の三味線職人が国産バイオリンの第1号を完成させたことに由来する。
ちなみに日本初のバイオリン工場(鈴木バイオリン製造)ができたのは1900(明治33)年のこと。大正期には海外から名演奏家が次々に来日し、バイオリンは少しずつ浸透していくのだが、一般の人が“お稽古”に通うような環境ができるのは戦後のことである。
山本おさむ『天上の弦』は、「東洋のストラディバリウス」と呼ばれるバイオリン製作者・陳昌鉉の波乱の人生を描いた物語だ。陳昌鉉の自伝『海峡を渡るバイオリン』を原作としたものである。
陳昌鉉は1929年に、当時日本の支配下にあった朝鮮半島の小さな村で誕生した。小学生時代に日本人教師の奏でるバイオリンの妙なる音に魅せられ、楽器の構造を研究するほど夢中になる。これが、彼の生涯の仕事となり、そして希望の光となったバイオリンとの出会いであった。
やがて昌鉉は家族を支えるため教員になるべく、単身日本に渡る。しかし、韓国籍であるために教師資格が取得できないことが判明、母と誓った夢は断たれてしまう。
祖国は朝鮮戦争のさなかにあり、最愛の家族とは連絡もとれない状態に。生活は苦しく、異国の地で頼る人もなく……そればかりか、在日韓国人であることを理由に、さまざまな誹りを受けるのだ。
逆風のなかで、ただ天上の音を追い求める情熱に突き動かされ、やがて一流の演奏家に絶賛される名器を作り出す。製作の道具すらない段階から、独力で成功をつかむまでの道のりは、想像を絶する険しさである。
山本おさむの泥くさくも温かな筆致が、昌鉉の苦しみと喜びをあますところなく伝えてくれる。報われるともわからないバイオリン製作にすべてを注ぎ、努力を重ね続ける昌鉉には畏怖の念を抱かずにいられない。
人間の凄みに打ち震える、そんな瞬間に満ちた作品だ。
<文・粟生こずえ>
雑食系編集者&ライター。高円寺「円盤」にて読書推進トークイベント「四度の飯と本が好き」不定期開催中。
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