主人公は船の記録係で、何もかも書き留めずにはいられない「過書の病(ハイパーグラフィア)」の少年チャクロ。外の島にいた少女を連れ帰ったことで、楽園の仮初めの平和は終焉を迎えた……。
これだけ世界に厚みがあると、読者としてもゆっくりと噛みしめながら味わいたいという気持ちが生まれる。だが、物語の展開がそれを許さない。1巻冒頭の緩やかな空気が蜃気楼であったかのように、2巻での泥クジラを取り巻く状況は深刻さを増すばかりだ。感情のない帝国兵士、突然の襲撃と死、長老会の未来なき決定……。限定空間に置かれていたはずの小さな視点はぐいぐいと広げられ、あっという間に読者も容赦ない砂嵐にさらされる。
この怒濤の展開は好みが分かれるところかもしれないが、そのぶん、2度3度と読み返すたびに新しい気づきがある。コマとコマの間には描かれなかった泥クジラの日常がたくさん埋もれている。その緩やかな時間に想いを馳せるのもいいだろう。
主人公のチャクロや、外から来た少女リコス、ここから飛び出したいと願う少年オウニらを中心に、3巻以降もさらに物語は激しく動いていきそうだ。彼らはどこを目指し、何を希望に進んでいくのか……。サン=テグジュペリの『星の王子さま』には、「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているから」というセリフがあった。残念ながら今の時点で、チャクロたちに幸せの井戸は見えない。哀しく厳しい砂漠が広がっている。
『クジラの子らは砂上に歌う』著者の梅田阿比先生から、コメントをいただきました!
<文・卯月鮎>
書評家・ゲームコラムニスト。週刊誌や専門誌で書評、ゲーム紹介記事を手掛ける。現在は「SFマガジン」(早川書房)でライトノベル評(ファンタジー)を連載中。
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