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『いちきゅーきゅーぺけ』(甘詰留太)ロングレビュー! マンガの森(書店)に並んだエロマンガってすごかったんだぜっ!

2015/06/10


ichikyu05s

創作への不安やコミュニケーションの問題に悩みながら一歩ずつ前進していく、夢と情熱とリビドーに満ちた青春ストーリー。
その背景には、インターネットどころか、携帯電話すら普及していなかった、1994年当時の文化状況がふんだんに盛りこまれることになる。

90年代半ばのオタクカルチャーの実情。
アニソンの豊富な通信カラオケ「X2000」に驚き、秋葉原でVHSビデオデッキを物色し、アンナミラーズでウエイトレスを眺め、大量の成年コミックが並ぶ「まんがの森」に狂喜し、山本直樹の『BLUE』(91年)に心酔する――。
そう、『BLUE』。作中で繰り返し言及される、この性=聖典。そもそも、「いちきゅーきゅーぺけ」(=「199X」)という作品タイトル自体、(ゾーニングマークも含意しつつ)『BLUE』所収の「197X」へのオマージュの意識からつけられたものだろう。

『BLUE』の著者・山本直樹や甘詰留太本人らへ、「199X年に何してました?」を問うインタビューコラム8本も収録。

『BLUE』の著者・山本直樹や甘詰留太本人らへ、「199X年に何してました?」を問うインタビューコラム8本も収録。

そして作品は、桜町が純平にエロマンガを描くことを誘う第5話「BLUE」において、エロを描かずにはいられない欲望の根源へと踏みこんでいく。

なぜエロマンガを読むのか。なぜエロマンガを描くのか。そのどこに魅せられてしまったのか。
その理由を、本作はただのキレイごとでは済まさない。汚く、醜い、そのいびつさをいびつさとして直視させる。
純平はいわば、ボードレールの『惡の華』を読むかのように『BLUE』に触れ、「クソムシが」と叫ぶように「ざまみろ」とつぶやくのだ。
ここに、楽しいオタクサークル青春ものだけにはとどまらない、(「いちきゅーきゅーぺけ Black Label」とでも言うべき)エロマンガを求めてしまう欲望の暗部へと向かいうるだろう、本作の射程の広さが現れ出ている。

桜町は純平を自身のエロ同人誌へ誘う。それを機に、純平は自分自身と創作活動へと正面から向きあうようになっていく。

桜町は純平を自身のエロ同人誌へ誘う。それを機に、純平は自分自身と創作活動へと正面から向きあうようになっていく。

とはいえもちろん、作品のカラーはシリアスな葛藤にばかり傾くことはなく、語り口はコミカルで、描写はエロティック、一口メモやインタビューなど90年代をめぐる時代の証言もふんだんに盛りこみ、そして何よりエロマンガへの愛にあふれる、そうした様々な魅力を兼ね備えた多面的な一作だ。

……しかし今後の展開を考えると、個人的にはやはり、その愛の合間にしかけられているだろう、(たとえるならルドン[※編集部注:オディロン・ルドン。フランスの画家。アニメ『惡の華』で彼の絵をモチーフとしたイラストが象徴的に使われていた。]の描く単眼の花の絵のように)静かにこちらを見すえる眼差しに期待してしまう。

エロマンガを愛する自分とは何なのか。
エロマンガの深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。

ichikyu06s

『いちきゅーきゅーぺけ』著者の甘詰留太先生から、コメントをいただきました!

著者:甘詰留太

甘詰留太です。
20年前、まだネットもDVDも携帯もWindowsも普及してなかった頃のお話です。
20年で、何が変わって、何が変わらなかったのか。変わったのならその理由は?
 何が契機? そんなことを考える物語になればいいなと思ってます。
もしくは何にも持ってない若者が、何かを好きになる物語。
僕と同世代の人にも、今何も持たない若い人にも楽しんでもらえるマンガにしていきます。主人公がコミケに行く2巻もお楽しみに!



<文・高瀬司>
批評ZINE「アニメルカ」「マンガルカ」主宰。ほかアニメ・マンガ論を「ユリイカ」などに寄稿。インタビュー企画では「Drawing with Wacom」などを担当。
Twitter:@ill_critique
「アニメルカ」

単行本情報

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