改めて既刊を読むと、史実の裏側に潜む著者ならではの繊細な心理描写にうならされる。
教科書では1~2行で終わってしまう生類憐みの令や赤穂事件、華美に傾いていった大奥の悪しき風習や度重なる貨幣の改鋳に至るまで、人と人の思惑が交差して生まれたものであることが示されているからだ。
ある者は権力者として組織に大鉈を振るい、ある者は国家のためと熱い志に燃える。
一方、ある者は既得権益を守ろうと策略を巡らし、ある者は為政者としての立場と女の幸せ、親としての幸せの間で揺れる。
なぜ、そうするに至ったのか?がわかれば、歴史の大きなうねりがすっと頭に入ってくる。もちろん、作中での経緯はフィクションながら、実際に歴史上起こった出来事に至る流れと結果へのリンクは、説得力がしっかりある。この体験が知的興奮を生むのだ!
加えて、登場人物が年老い、環境が変化するにしたがって、心持ちが変化していく様もおもしろい。最新刊ではないが、正義感に燃える少年であった桂晶院が、晩年、「親というものが、子どものためにはどれほどおろかになってしまうものか」と涙ながらに懺悔するシーンは、あらためて胸を突かれた。
また、昨今はジェンダーを取りあげた問題がよく目につくが、本作を読んでいると男らしさや女らしさといったものが、非常に曖昧なものだと思わせられる。
ヒステリーだと言われていた家光が女性であることに違和感はないし、将軍から寵愛を受けたい男同士が妬みあう様も、企業のなかでは当然あることだろう。本作に登場する天文方の高橋景保は女だが、優秀な人材に男も女も関係ない。大奥、幕府といった集団のなかでどう振る舞うかによって、個人が男っぽくも、女っぽくも変容していく様こそおもしろい。
所属する集団によって変わっていく個人と時の流れや時勢のなかで変わっていく個人。
深く、重層的に人と人の人生を重ね合わせ、歴史が紡がれてきたことを描いた本作は、日本人の精神の旅路を描いた作品ともいえるのではないだろうか。
『大奥』著者のよしながふみ先生から、コメントをいただきました!
<文・山脇麻生>
ライター、編集者。「朝日新聞」「週刊SPA!」「ストリートジャック」等にマンガ関連記事を寄稿。編集を担当した上野顕太郎さんの初の文字の本「暇なマンガ家が『マンガの描き方本』を読んで考えた『俺がベストセラーを出せない理由』」発売中! 日本初の「マンガの描き方本」考察本になります。マンガ好きの方、ぜひ、お手に取ってみてください。