そして土山しげるといえば、マズイ飯をマズそうに、うまいメシをうまそうに描かせたらトップクラスのプロ漫画家。
『極道めし』で冷めたすき焼きにご飯を入れたり、フツーの味噌汁に喉をゴクリと鳴らせた画力は、マズさに対しても振るわれてきた。『喰いしん坊!』で主人公の“正道喰い”を美しく見せるための“邪道食い”と言ったら、胃に詰めこむためにショートケーキを丸めてオニギリに、ステーキ定食を流し込むためにミキサーに……食うことで憎むべき悪役のキャラを立たせた漫画家なのだ。
記憶に残るマンガは、作者が意図した以上の時代性や意味を含んでしまう。ただの勧善懲悪に見えそうな本作も、そんな可能性をはらんでいる一作だ。
まずい飯を食わせた相手を制裁、それはいい。「290円返してもらうぜ」それ、無銭飲食でダメだろ!
細井=噴飯男がやってることは、一面でクレーマーでもある。290円でマトモな牛丼が食えるわけがないし、飲み食い放題で2500円ポッキリなら味がどうであれ良心的なお店だ。
噴飯男の怒りは「自分の甲斐性のなさ」を転嫁した八つ当たりも入ってる。
マズイ飯を懲らしめるはずの制裁は、どんどんズレていく。値段以上の讃岐うどんを食わせる店で「“固さ”で勝負ですね」の“固い”に反応したり(理由はカミさんに“夜に”「固くならない」と言われたから)、ビアガーデンでスマホをいじりながらチューハイを頼む若者に昔の泥レスを見せたり、ちょっと意味がわからなくすらある。
「料理をしないタレントシェフ」は実在する本人が思い当たるが(実際の料理はテレビ映えするだけでマズイという説もあった)「庶民をなめてる散歩番組タレント」はそういう噂も聞かないし、想像レベルでしかない。
だいいち、タレントがどう振る舞おうが、庶民が食べるものと関係ない。「マズイものはマズイ!」という怒りが「あの野郎が」にブレている。
そこがいい。
怒りは怒りで熱くなるために、自分のなかでは客観的に観察しにくい。それをマンガの形にしたことで、同じようなムカムカに覚えのある読者は、外から距離をおいて反省できる。
ボッタクリ居酒屋で、細井は元バンド仲間の友人とダブル噴飯男に変身する。が、友人は「無銭飲食はいけない」とのちほど金を払いに戻る。
彼は社長で、細井は出世のゴールも見えた45歳の主任。怒る自分は器が小さいんだよな……と我に返る細井に、読者は自分たちの姿を鏡写しにできるわけだ。
噴飯男はリアルにいる。一話目のバーベキュー丼のモデルになったチェーン店は、恐ろしい勢いで店舗数を減らし、たった1年でほとんど見かけなくたった。
マズイものはマズイ! 味に正直な物言わぬお客一人ひとりが「噴飯男」なのだ。
『怒りのグルメ』著者の土山しげる先生から、コメントをいただきました!
そんな気になる『怒りのグルメ』も掲載してる『このマンガがすごい!Comics ラーメン大好き!』は絶賛予約受付中!!
<文・多根清史>
『オトナアニメ』(洋泉社)スーパーバイザー/フリーライター。著書に『ガンダムがわかれば世界がわかる』(宝島社)『教養としてのゲーム史』(筑摩書房)、共著に『超クソゲー3』『超ファミコン』(ともに太田出版)など。