グレイは、もともとは18世紀生まれの決闘代理人、カネで他人の決闘を請け負うプロだ。ドルーリー・レーン劇場の玄関先に捨てられて、劇場で果てた。
今回の決闘相手は生霊、人が持つ憎悪が人を傷つける意志の力であり攻撃性の固まり。富士鷹ジュビロ[注釈]、いや藤田和日郎ファンお待ちかねの超常バトルの開幕だ。
が、生霊は人には見えない。対する幽霊(グレイ)も、現実におよぼせる力はせいぜいが紅茶カップを持ち上げるだけ。グレイの闘いも「悪意をくじく」ことにすぎず、生霊をやっつけられた相手も一時的に腑抜けになるのみ。
表向きはフローがわからず屋どもの妨害をはねのけて我が道を行く、つまり「藤田版ナイチンゲール伝」となっている。史実では看護学校に行くことに理解を示したお父様も「頭の硬いがんこ親父」にされてるのが気の毒だが、改心して結果オーライ。
フローの生涯は事実そのままで少年マンガチックだ。
国内の病院を建て直す→20万人以上の死者を出したクリミア戦争の戦場へ。戦死者よりも感染症による死者が上まわった「本当の戦場」であり、医療マンガにおいてもこれを上まわるクライマックスは存在しない。
戦時大臣から依頼されて看護団とともに派遣、しかし「看護婦」という立場のために「医師」の許可を取らないと病人食も作れない……勝てねえかもしれない…だけど負けねえ!
フローの“敵”は現地で病院を仕切るホール軍医長。意地とメンツで病院内への立ち入りを拒否したホールの振る舞いは、単なる無能を超えて大いなる悪意さえ感じる。
こんな愚行が許されるのには、裏があってもおかしくはない。
その欠けたピースに、最上級のキャラクターを持ってくる配役の絶妙さ。フランスの外交官にしてスパイであり勇猛な兵士、男でも女でもあった有名人。
アニメ化もされた「あの方」がいてこそ、観客にすぎなかったグレイが晴れ舞台に上がれるのだ。
フローが輝いたのは、90歳の生涯のなかでわずか数年。クリミア戦争から帰国した後、ナイチンゲール看護学校を設立したり裏方に徹しながら、50年近い余生をベッドの上で過ごした。生涯独身だった。
いや、ラブロマンスはあったのだ――と本作は力強く語る。最高の悲劇を、至高の悲劇を求めるフローとグレイは、互いが互いのために強くなろうとする。
その終着点が、激烈な銃撃戦のなかで弾と弾がぶつかり合った「かちあい弾」だ。それは「地獄」と「天国」を分かつもの、2人の思いの強さ。
『うしおととら』で出会うのが遅すぎたとらと真由子の心残りが、10数年越しに“ハラァ……いっぱい”になれる本作は、藤田和日郎ファン歴が長い読者ほど報われるはず!
- 注1:富士鷹ジュビロは、島本和彦によるマンガ『吼えろペン』に登場する藤田和日郎がモデルとされるキャラクター。作中では、主人公・炎尾燃のライバル漫画家として何度も火花を散らしている。代表作は『からぶりサービス』。
『黒博物館 ゴースト アンド レディ』著者の藤田和日郎先生から、コメントをいただきました!
<文・多根清史>
『オトナアニメ』(洋泉社)スーパーバイザー/フリーライター。著書に『ガンダムがわかれば世界がわかる』(宝島社)『教養としてのゲーム史』(筑摩書房)、共著に『超クソゲー3』『超ファミコン』(ともに太田出版)など。