複雑化する現代。
この情報化社会では、日々さまざまなニュースが飛び交っています。だけど、ニュースを見聞きするだけでは、いまいちピンとこなかったりすることも……。
そんなときはマンガを読もう! マンガを読めば、世相が見えてくる!? マンガから時代を読み解くカギを見つけ出そう! それが本企画、週刊「このマンガ」B級ニュースです。
今回は、「“俺の嫁”が官公庁オークションに出品される」について。
けいおん! 中野梓 (1/7スケール PVC塗装済み完成品)
マックスファクトリー ¥7,429+税
2011年9月発売
「Yahoo!JAPAN官公庁オークション」をご存じだろうか?
これは各行政機関が税金滞納者などから差しおさえた財産を、国税徴収法などに則ってインターネットで売却する手続きである。
そして山口県山陽小野田市が市税滞納処分によって差しおさえた動産がこの公売システムに出品されるやいなや、インターネット上で大きな反響を呼んだ。
出品されたのは、なんとアニメの萌えフィギュア!
『けいおん!!』のあずにゃん、『ToLOVEる-とらぶる- ダークネス』のモモ&ヤミ、『マクロスF』のシェリル・ノームやランカ・リー、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない。』の黒猫と高坂桐乃などなど、誰かの「俺の嫁」コレクションが流出したことが推察される。
税金を滞納していると「俺の嫁」まで差しおさえられてしまうことに、世のオタクたちは戦々恐々としたわけだ。
これはつまり、「女房(=嫁)が質に入った」状態である。
初物好きな江戸っ子は「初鰹は女房を質に入れてでも食え」と言ったそうだが、だったら現代のオタクは、女房を質に入れてでも「俺の嫁」(萌えフィギュア)を手に入れなければならないハズだ。
うん? ナンだかよくわからなくなってきたぞ。質に入っているのはたしかに俺の女房だが、手元にあるのは俺の嫁か?
まあ、そんな粗忽な話は置いといて、今回はマンガに出てくる「俺の嫁」を探っていきます。秋ナスは嫁に食わすなッ!!
『超可動ガール1/6』第1巻
OYSTER 双葉社 ¥600+税
(2013年5月10日発売)
アニメのフィギュアが動きだす作品といえばOYSTER『超可動ガール1/6』だ。
三次元の女性にまったく興味のないガチオタな主人公・房伊田春人は、はじめてアニメのフィギュア・ノーナを買うと、その晩にノーナが動きだす。
春人とノーナが「夫婦生活ギャグ」を展開する物語なので、これはもう間違いなく「俺の嫁」作品である。
ヒロインのノーナはあくまでアニメのフィギュアである点が本作のポイント。アニメのキャラクターが現実に現れたわけではない。
自分はこういうキャラ設定のもとに作られたフィギュアである、ということを自覚するアイデンティファイの過程があるのだ。「二次元から顕在化したもの」ではなく、あくまで「動き出したフィギュア」。
ノーナの記憶は、キャラ設定表にあるものだけ。そこが新機軸であり、小さい人と暮らす話の類型(内田春菊『南くんの恋人』など)とはちょっと異なる。
『ピグマリオ』第1巻
和田慎二 KADOKAWA ¥780+税
(2001年6月発売)
こうした造形物を妻にする話は、さかのぼれば神話にも存在する。
それはギリシャ神話のピュグマリオーンの伝説だ。現実の女性に失望したピュグマリオーンは、自分の理想の女性を彫刻で作り、その像に恋をしてしまう。
そんな姿を哀れんだ女神アプロディーテーは、彫像に命を与え、ピュグマリオーンはその像・ガラテアを妻として娶った。神話時代の「俺の嫁」案件である。
『スケバン刑事』の作者としても有名な和田慎二は、ギリシャ神話をモチーフにして、『ピグマリオ』という作品を描いた。
ルーン国王と精霊のあいだに生まれた王子クルトは、母や村人を石に変えたメドゥーサの退治に向かう。
基本的には和田オリジナルのファンタジー冒険活劇だが、さまざまなギリシャ神話のエッセンスが作中に散りばめられている。
もちろんタイトルが示すとおり、ピュグマリオーン伝説も重要なキーとなるのだが、作品をラストまで読むと、本作とギリシャ神話の関係が見えてくる仕掛けだ。
『ジョジョの奇妙な冒険』第31巻
荒木飛呂彦 集英社 ¥390+税
(1993年3月発売)
このピュグマリオーン伝説を下敷きとしたのが、ヴィリエ・ド・リラダンの小説『未来のイヴ』(1886年)である。「アンドロイド」という言葉が初めて使われた作品としても有名だ。
英国貴族のエワルドは、汽車で同席した女性アリシアに一目惚れするが、その品性があまりに下劣であるために幻滅。
自殺を決意するのだが、エディソン博士はアリシアそっくりのアンドロイド・ハダリーを創造。エワルドはハダリーを妻として迎える。
どいつもこいつも、とりあえず現実の女性に幻滅するのがデフォルトらしい。
荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第四部(31巻)に登場する間田敏和のスタンド「サーフィス」は、木製人形に触れた人物をコピーする能力を持つ。
片思いしている順子をコピーしたはいいが、実際の人物の完全コピーであるため、間田はまったく相手にされず、頭に来て何もできなかった。
やっぱり三次元の女性には失望するのである。ハァン。
『新編集 怪物くん』第1巻
藤子不二雄A 復刊ドットコム ¥790+税
(2010年4月1日発売)
人造人間といえば、メアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン』(1818年)を忘れてはならない。
フランケンシュタイン博士が作りあげた人造人間は、非常に知性的ではあったが、外見が醜かったために博士に見捨てられる。
怪物は言葉を習得し、書物を読み、己が何者か哲学的な問いに悩み、やがて博士のもとにたどりつく。
そして博士に、みずからの伴侶を作ってくれるように懇願するが、博士はこれを聞き入れず、怪物は人類に対して失望して暴れるのであった。
そう、原作版の怪物は、とてもインテリなのだ。
ケネス・ブラナー監督の映画『フランケンシュタイン』(1994年)は原作に忠実で、ロバート・デ・ニーロがこの「インテリ怪物」を演じた。
つまり『フランケンシュタイン』とは、怪物が「俺の嫁」を要求し、却下されてしまったパターンの物語だ。
それはたしかにヤケを起こす気持ちもわかる。やはり「俺の嫁」こそ、非モテがたどりつく最後の聖域なのだろう。
そんなフランケンシュタインの怪物をモチーフにしたのが、藤子不二雄A『怪物くん』に登場するフランケン。
フランケン博士が「悪いことをさせるために作った人造人間」だが、優しい心を持っていたために博士を裏切り、勘当されてしまった、との設定だ。言葉をしゃべれず、「フンガー」しか言わないのが特徴である。
原作にあったインテリな側面は抜け落ち、「気は優しくて力持ち」キャラに変容しており、いまや日本人のフランケンシュタインに対するパブリック・イメージは、こちらが主流となってしまった。
おそるべし藤子不二雄Aマジック。
ちなみに「フンガー」とはドイツ語で「腹減った」である。
まあ『怪物くん』のフランケンは、「俺の嫁」を要求したりはしないだろうなぁ。
テクノロジーが発展すると、フィギュアはロボット化し、そしてロボットは人間化していく。
はじめは動くフィギュアが出回ったかと思うと、「俺の嫁」が語りだし、愛を語り、子を産むようになるかもしれない。数多くのSF作品が示唆してきたように、人と造形物の区別は、次第に曖昧になっていくだろう。
だからこそ、ロボット三原則をいま一度思い出しておくべきだ。
ロボット三原則とはSF小説家アイザック・アシモフが提唱した「ロボット工学三原則」のことであり、
・俺より先に寝てはならない
・俺より後に起きてもいけない
・飯はうまく作れ
の三条項である。ちょっと違うかもしれないが、「俺の嫁」をもらう前に言っておきたいことには違いないハズだ。そんな未来が来るのかもしれない。
ま、ちょっとは覚悟しておけ。
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでの漫画家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama