2人はほどなく付きあうようになるのだが、しばらくすると高寿は小さな違和感を覚え始める。
それは「適当にめくった神経衰弱が次々にあっていくような、不思議な戸惑い」だ。完璧な会話のリズム。あまつさえ、先を見越したような愛美の発言。
彼女は何を隠しているのか?
第4話では一転、10年前の回想シーンに。
10歳の高寿は、サングラスをかけた怪しげな女性に声をかけられる。彼女は鍵のかかった箱を手渡し、「次会ったとき、一緒に開けよう」と言う。
いったいこの女性は誰なのか? その箱の中身はなんなのか? 大きな謎を残すことになる。
第1巻の段階では、大きな秘密の核心に触れることはない。
運命の出会いを果たしたものの、女性のほうにちょっとした秘め事がある……というベタな純愛モノという感触を得る人もいるだろう。それは“読み”として正しい。
深読みが得意な人であれば、彼女の一挙手一投足に注目し、アレコレと想像をふくらませるはず。それもまた正しい。
原作の世界観を完璧に再現した大谷のすばらしい作画にも注目してほしい。
巻末のおまけマンガによると、大谷はかつて原作者の七月と同じ京都精華大学(高寿が通う大学のモデル)に通っていて、宝ヶ池の近くに住んでいたこともあるそうだ。
七月と違い、漫画家デビュー後に中退してしまったそうだが、原作小説を手にとった彼女のシンクロ率は、叡電沿線に縁のないマンガ家の比ではない。看板ひとつとっても、その思い入れの深さが伝わってくる。
次巻以降、これまで見えていた風景がガラリと色彩を変え、雄弁になる。運命に翻弄されながらも、いとおしい時間をしっかりと紡ぐ2人の日々を、最後まで見届けてほしい。
<文・奈良崎コロスケ>
マンガと映画とギャンブルの3本立てライター。中野ブロードウェイの真横に在住。内村光良監督の話題作『金メダル男』(今秋公開)の劇場用プログラムに参加しております。観てね!