複雑化する現代。
この情報化社会では、日々さまざまなニュースが飛び交っています。だけど、ニュースを見聞きするだけでは、いまいちピンとこなかったりすることも……。
そんなときはマンガを読もう! マンガを読めば、世相が見えてくる!? マンガから時代を読み解くカギを見つけ出そう! それが本企画、週刊「このマンガ」B級ニュースです。
今回は、「ムツゴロウさん マスコットフィギュアになる」について。
前世紀末から今世紀にかけての激動の時代、われわれの国は空前の食玩ブームに見舞われた。その牽引役となったのが「チョコエッグ」(フルタ製菓)であった。
なかが空洞のタマゴ型チョコレートに、動物フィギュアが入っている商品だ。値段が手頃なわりにフィギュアのデキが精巧であったため、誰も彼もが買いあさり、コレクションをし、社会現象にまでなったのである。
そう、日本中の誰の家にも、動物王国があったのだッ!!
だが、コレクションが充実していくにつれて、一抹の寂しさを感じていたのも事実。
なぜなら、この王国には国王が不在なのだ。国王不在の嘆きを、キミに理解できるのかッ!! われわれは国王の戴冠を待たずして、ブームが去っていくのを見送るしかなかった……。
しかし、ついにわれわれの王国に国王がやってきたぞッ!
このほどバンダイから「ムツゴロウさんと一緒スイング」というボールチェーン付き3Dフィギュアが全国のガシャポンで発売されたのだ。
ムツゴロウさんとは、もちろん動物研究家の畑正憲氏のことである。
ムツゴロウさんフィギュアは合計4種類。「体育座り」「抱きつき」「あっち行け」「ぶら下がり」のポーズが用意されている。なにしろ全身を3Dスキャンして作成したというから、そのリアルさは折り紙つきだ。
そして国王(ムツゴロウさん)のフィギュアをほかの動物フィギュアと並べれば、キミの家にも動物王国が完成することになるッ!
さあみんな、全国のガシャポンに300円を投入し、国王を迎え入れようではないかッ!!
そんなわけで今回は、動物王国に君臨する偉大なる国王を特集する。
『ムツゴロウが征く』 第1巻
畑正憲(作) 川崎のぼる(画) 小学館 ¥360+税
(1982年6月発売)
国王ムツゴロウさんの半生記が読めるのは、小学館「コロコロコミック」に連載されていた『ムツゴロウが征く』だ。
原作は畑正憲本人が手がけ、そして作画を担当したのは『巨人の星』や『いなかっぺ大将』などで有名な川崎のぼる。誌面から土と寝わらのにおいが漂ってきそうな、野性味あふれる王国的ゴールデンコンビである。
本作の前半部分はムツゴロウ少年の満州での動物たちとのふれあいが描かれ、後半部分は成人したムツゴロウが北海道の無人島に動物王国を築くまでの顛末が描かれる。いわば動物王国の「建国記」だ。
ヒグマのどんべえといっしょに暮らしたいあまりに「そうだ、無人島だ!!」と思いついたり、なかなかなつかないタヌキのマリとお近づきになるために女装したりと、ムツゴロウさんのアルティメット動物愛が爆発。
浜岡賢次『浦安鉄筋家族』には畑松五郎(動物王)というムツゴロウさんのパロディキャラが登場し、ことあるごとに「動物最高!」と叫びながらトラブルを巻き起こすが、本家本元のムツゴロウさん自体がトンでもなくエキセントリックな人物であると再認識させられるハズ。
『手塚治虫漫画全集 長編冒険漫画 ジャングル大帝』 第1巻
手塚治虫 復刊ドットコム ¥5,700+税
(2016年4月16日発売)
さて、マンガの世界では、様々な動物の王国がこれまで描かれてきた。
代表的なのは手塚治虫『ジャングル大帝』だ。
ジャングルの王・パンジャの息子であるホワイトライオンのレオは、母エライザがロンドンの動物園へと送られる途中、海に流されてしまう。
レオは人間社会で成長したのち、ジャングルへと帰還し、人間の横暴をいさめながらジャングルの仲間たちとの絆を深め、亡き父のあとを継いで王へとなっていく。
「旧約聖書」におけるモーゼのような貴種流離譚としての性質がそこには見て取れるだろう。
擬人化された動物たちの社会を描くことは、現実社会の問題を浮き彫りにする寓話として機能する。
ディズニーのアニメ映画『ズートピア』(2016)であれば、草食動物と肉食動物が共生する社会を描くことで、現代アメリカにおける人種・職業・性別による差別の問題をフォーカスしたのは記憶にあたらしい。
1950年に連載がスタートした『ジャングル大帝』のレオには、西側先進国の制度や社会秩序を学び、模倣することで、敗戦国の地位向上をはかろうとした戦後民主主義の日本の姿が仮託されていたのかもしれない。
『ヤスミーン』 第1巻
畑優以 集英社 ¥514+税
(2015年2月19日発売)
集英社「ミラクルジャンプ」で2014年から連載された畑優以『ヤスミーン』は、サバンナを舞台に擬人化された動物の王国を描く。
王国を支配するのはライオンで、彼らは進化の過程で「美味い/不味い」の価値観を獲得した。美食家となったライオンは「不味い」トムソンガゼルを奴隷として使役し、「美味い」シマウマを狩りに出かける。
主人公はトムソンガゼル族のブエナ。ライオンを頂点とする王国のあり方や、奴隷の身分に甘んじる自分たちの種族に疑問を抱く。
やがてブエナは捕獲されたシマウマの子どもを助け、王国から脱走し、「白い悪魔」(チーター)の助力を得るために旅に出るのであった。
『ジャングル大帝』や『ズートピア』は、多種多様な種族が共生するダイバーシティ(多様性)の社会として動物の世界を描いたのに対し、本作『ヤスミーン』はライオンが暴力でほかの動物を支配する階層社会と位置づけている。
主人公ブエナは、自分の長所を「不味い(=食われない)」ところであると考えるが、それが王族ライオンたちの価値観に毒されていると気づかされるところが興味深い。
この王国は、格差が是正されずに行きつくところまで行った現代社会の寓話としてわれわれ読み手に響く。そして格差社会の弱者は、強者の価値観に支配されることで、みずからを弱者の地位にとどめ続け、強者に抗おうとする弱者の足をひっぱるのだ。
きわめて時代性を反映した世界観であったが、2016年初頭には連載が終了してしまった。
動物擬人化マンガであるがゆえに、サービスショットとして雌ライオンの濡れ場が描かれたりするので、なんだかいろいろな意味で時代を先取りしすぎていたようだ。
近年、動物好きをアピールしてバラエティ番組で活躍するタレントが目立つ。もしかしたら、われわれの知らないところで、ムツゴロウさんの後継者争いが起きているのかもしれない。
とりあえず全員ムツゴロウさんに谷底に突き落とされて、そこで弱肉強食の争いを繰り広げ(もちろん麻雀で)、勝者に二代目ムツゴロウの大名跡を襲名させたらイイと思います!
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでの漫画家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama