大市民、山形といえば代名詞は「白菜鍋」。それに喫茶店のナポリタンや冬のビールの飲み方までレシピが掲載されてるうれしさ。とても買えない高級食材が挙がっていれば興ざめだが、白ネギ一束、豚バラ肉400グラムなどスーパーで調達できるものばかり。
早い(これはひとり暮らしでは超大事)、安い、うまい!
同じ料理を再現できる読者は、山形のなりきりまでできてしまうのだから最高だ。
大市民とは小市民の上に君臨してるのではなく、交流してメシをともにする存在だ。隣の部屋に住む腐れ縁の佐竹はなべ焼きうどんにちゃっかりご相伴にあずかり、エリート銀行員の和田がストレスでうどんすきを無茶食いし、山形はうどん玉を買うため車を走らせる。
人生悲喜こもごも、愚痴を聞いたり恋わずらいの相談に乗ったり、縁ある人々と食卓を囲むことも「ごちそう」のうちだ。
安物のケチャップとハムを使って焦げたナポリタンをパクつきながら、過ぎ去りし青春を若者相手に語る以上にウマいことってあるだろうか。
孤独ではない食卓や店先では、食も進み語りも進む。
「いい大学に入ったって幸せなんてない事をちゃんと教えるべきなのだ」
「テレビがくだらない下品だと本気で怒る大人こそが本当の大馬鹿者なのだ」
とマンガのコマの枠を超えて読者に語りかける金言は、そう簡単には言いきれないよね……と首をタテには振れないところもある。
だが、それがいい。
自分の好きなものを食って飲んで、いい気分になって世相を斬りまくる。ラーメンやカニやうまいもんで空腹を満たすかたとき、人はどこまでも自由で何ものにも縛られない。これぐらいワガママであってもいいんだ……。
そして「言いすぎ」の手間で放言にブレーキをかける山形の自制心もカッコいい。
超低金利が続くなかで預金にはろくに利子もつかないが、人が持つ経験やうんちくはどんどん蓄積されていく。
が、山形のような「食の美学」がない限りコク深く熟成はしない。
1週間眠らせたビールがキメ細かくてうまい味になる、そこにこだわりある人生こそ「美味し!」なのだ。
<文・多根清史>
『オトナアニメ』(洋泉社)スーパーバイザー/フリーライター。著書に『ガンダムがわかれば世界がわかる』(宝島社)、『教養としてのゲーム史』(筑摩書房)、共著に『超クソゲー3』、『超ファミコン』(ともに太田出版)など。