「あの話題になっているアニメの原作を僕達はじつは知らない。」略して「あのアニ」。
アニメ、映画、ときには舞台、ミュージカル、展覧会……などなど、マンガだけでなく、様々なエンタメ作品を取り上げていく「このマンガがすごい!WEB」の人気企画!
そう、これは「アニメを見ていると原作のマンガも読みたいような気もしてくるけれど、実際は手に取っていないアナタ」に贈る優しめのマンガガイドです。「このマンガがすごい!」ならではの視点で作品をレビュー! そしてもちろん、原作マンガやあわせて読みたいおすすめマンガ作品を紹介します!
今回紹介するのは、『3月のライオン』
『ハチクロ』旋風再び!? この春、映画館で羽海野チカワールドが始まるぞ!
しっとりとした読後感でファンを魅了しつづける羽海野チカ作品。今度はマンガ賞を軒並み受賞している、『3月のライオン』(「ヤングアニマル」にて連載中)が、2016年10月より放送中のテレビアニメ版につづき、実写映画となって前後編の2部編成で登場する。
思えば羽海野チカ作品は、邦画にぴったりハマる作風。人の愛や優しさ、生きざま、そこに垣間見える人と人との絆で魅せる本作、いやがうえにも期待が高まるばかりだ!
将棋界に生きる場所を求めた孤独な高校生・桐山零は、深く閉ざした心を隠すことなく、ひとり東京の六月町に暮らしていた。
幼い頃に家族を事故で失い、父親の友人であった棋士・幸田柾近に引き取られて以降は、将棋どっぷりの道を歩んだ零。中学生プロ棋士になるほどの実力を持つが、「零より弱いなら棋士になれない」と父親から断言された幸田家の子どもたちが、将棋の道を諦めざるを得ないきっかけになってしまう。
肉親とも別れ、育てられた幸田家からも離れた零に、優しく寄り添う家族の愛はなかった……。
将棋しかない。
そんな気持ちの零は、育ての親、幸田柾近との対局で、降格の危機にある義父を打ち負かしてしまう。その罪悪感に呑まれ、路上で倒れている零を介抱したのが川本家の長女、あかりだった。
和菓子屋を営む祖父のもとに暮らす川本3姉妹のあかり、ひなた、モモは、母を失った悲しさにも負けず、笑顔が耐えない家族だ。突然、暖かな家族愛のなかに放り込まれた零は、当惑を覚えるも、強引さもある川本家のお節介によって、徐々にその暖かさに心がほぐれてゆく。
だが、零に人生を狂わされたと思う幸田家長女・香子は、それが許せない。
突然、零のもとを訪れた香子は、零のアパートに転がりこむ。A級棋士で妻帯者の後藤正宗とつきあう香子は、不倫をやめさせたい零に対して暴力的なほどにからむが、零が川本家の暖かさに身を寄せていることを知ると「また他人の家庭に入り込んで壊すのか」と、罵声を浴びせるのだった。
この物語のテーマのひとつは、人への優しさ、内に秘めたる想いにほかならない。家族愛を失う少年、親から見捨てられたと思い不倫に走る義姉、家族の死を乗り越え愛を育む3姉妹。そして、零を取り囲む棋士・師弟たちにも愛を感じ、不倫をしている後藤にもまた、家族への愛があふれていたりする。幸田家のなかに流れる憎悪すら愛ゆえだろう。
そんな多彩な人間模様は、神木隆之介演じる物静かな桐山零を取り囲む、川村あかり役の倉科カナと幸田香子役の有村架純が、それぞれまったく別種の愛を見事に表現しきっているのだ。
もうひとつのテーマ、それは将棋に生きる「棋士」という生き物だ。桐山が心を許す同年代の棋士・二海堂晴信は、持ち前の熱さとポジティブ・シンキングで自らの難病をも力に変えている。
その彼の師匠、A級棋士・島田開は、桐山を研究会メンバーに加えるなど面倒見のよさを持つが、故郷山形の期待を一身に背負い、胃の痛みで苦悶の表情を浮かべている。
姉の不倫相手の後藤もまた、勝つために全力で闘う。桐山が、対後藤戦の前に闘うべき島田を軽視していたことを知ると、ひと言「A級をなめるな」とすごみを見せつけた。彼らの頂点に君臨する宗谷名人に至っては、その静かすぎるたたずまいは神のごとしだ。
劇中の将棋盤を挟んだ棋士ふたりの表情。一手一手に思考・感情のすべてをぶつけて指す駒。そして、勝敗決して憔悴しきった棋士たちの去り際など、登場する棋士が見せる喜怒哀楽は重く、ため息しか出ない。特に、二海堂役の染谷将太の衝撃的な演技と、島田役の佐々木蔵之介が見せる苦み走った苦悩の将棋は息を呑むほど。
やわらかな綿のような印象を受けるテーマ「人の想い」に、硬くて重い鉄塊のような印象のテーマ「棋士」。2種類のテーマがぐりぐりと視聴者の心を締めつけるかのような鑑賞感は、それを体現する役者陣が、まさにベストマッチだから可能なのだろう。「あぁかっこいい……」なんて、おうちに帰ってからも心で反芻しちゃうほど、原作と映画が頭のなかで見事に登場人物たちがリンクしていくのだ。
マンガで強調しやすいコミカル・パートをあえて抑えめにし、より重みのある印象で表現された映画『3月のライオン』は、羽海野チカファンならずとも虜にされること請けあいだ。
『3月のライオン』の映画を観たあとに……
何を隠そう、「このマンガがすごい!WEB」は、マンガの情報サイト! そんなわけで、映画『3月のライオン』をさらに楽しみたいアナタに、読んでほしいマンガを紹介しちゃいますよっ。
『3月のライオン』羽海野チカ
『3月のライオン』第1巻
羽海野チカ 白泉社 ¥467+税
(2008年2月22日発売)
原作である羽海野チカ『3月のライオン』は、2017年3月現在、12巻まで刊行されている人気マンガだ。羽海野らしい柔らかいタッチで描かれる世界は、本作の重いテーマをオブラートのように優しく包み、読者が読みやすくなっている。
メリハリのきいたギャグパート(!?)も多く、映画とはまた違った印象を受けるはず。
原作マンガはまだまだ連載中。オリジナルのエンディングを迎えた映画とは異なるストーリー展開を、ぜひ楽しんでほしい。
『3月のライオン』の原作マンガ以外に、このマンガもおすすめ!
『月下の棋士』能條純一
『月下の棋士』第1巻
能條純一 小学館 ¥400+税
(1993年3月発売)
『3月のライオン』は、人間関係により重点を置いているため、「将棋の世界スゲー!」をより感じたい人には、『月下の棋士』がオススメだ。
なにしろ登場する棋士はすべて、正気と狂気の狭間を駆け抜けるかのようなぶっ飛びブリ。涙を流し、精神は破壊され、血を吐き、あげくに死んでいく……。
これをトンデモマンガと思ってはいけない。誇張は当然あるが、キャラクターの多くは実在の人物から。一部のストーリーも実話からつくられているのだ。
『四月は君の嘘』新川直司
『四月は君の嘘』第1巻
新川直司 講談社 ¥432+税
(2011年9月16日発売)
幼い頃からピアノの天才ぶりを発揮していた有馬公生は、母親の狂気的な教育により壊れてしまい、ピアノに触れることすらできなくなっていた。
だが、高校で天真爛漫なバイオリニスト・宮園かおりと出会い、再び音楽の世界に戻っていく……。
心に深い傷を負った天才肌の主人公。それを癒やしてゆく人間模様。そして、自体が進むにつれ、関わる人々の本心が明らかになってゆく。読後感こそ少々違うものの、扱うテーマには共通性を感じてしまう。タイトルも次の月だしね!
<文・沼田理(東京03製作)>
マンガにアニメ、ゲームやミリタリー系などサブカルネタを中心に、趣味と実益を兼ねた業務を行う編集ライター。