人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、松田奈緒子先生!
コミック誌「週刊バイブス」の編集部を舞台に、出版業界に携わる人々のリアルな仕事ぶりを描いた『重版出来!』。
かつて、『このマンガがすごい!2014』でオトコ編第4位にランクインしたのち、昨年に黒木華主演による実写ドラマ化で注目を集め、『このマンガがすごい!2017』オトコ編第12位で再びランクイン!
さらに最新刊の第9巻も発売され、 ますます盛り上がりをみせる本作ですが、今回は、著者の松田奈緒子先生に、出版業界に焦点をあてて描くことになった背景や、主人公・黒沢心を形づくる上で欠かせない詳細な人物設定について、さらには松田先生が選ぶ思い入れのあるキャラクターなど、本作を中心にくわしくおうかがいしました!
アスリートの人たちの精神構造に衝撃を受けて
黒沢心のキャラクターが生まれました
――このたびは、第62回小学館漫画賞受賞おめでとうございます!
松田 ありがとうございます。
小学館漫画賞は私にとって憧れの賞で、私が一番最初にアシスタントをした木原敏江先生が小学館漫画賞をとっていらっしゃる。そして、漫画家としてずっと尊敬している萩尾望都先生もとってらっしゃる。まさか私のような者がいただけるなんて思ってもいませんでした。『重版出来!』という作品だから受賞できたのだと思います。この作品を描かせてもらえて本当に幸運で幸福だと思っています。
――さかのぼること3カ月ほど前には、『このマンガがすごい!2017』オトコ編で第12位にランクインも果たしました。
松田 1巻が出てすぐの『このマンガがすごい!2014』で4位に入れていただいた時もうれしかったのですが、長く連載が続いた今も支持をいただけていると思うと、また改めてうれしいです。
――登場人物も増えて話も広がって、どんどん物語の世界が広がりつつありますよね。『重版出来!』はどのような構想からスタートしたのでしょうか。
松田 最初に編集さんからお仕事もので何か描きませんかとお話をいただいた時、じゃあ出版業界ものをやってみたいなと思ったんです。私の親族に編集者が多いので、それなら描けるなと。編集者の家族としての目線もわかりますし、内情に詳しいほうがいいから、やっぱりマンガ業界になるのかなという感じで。
――主軸を漫画家にするか編集者にするかの2択だったと思いますが、編集者・黒沢心を主人公にしようと思ったのは?
松田 お話を考える時、私はまず最初に絵が浮かんでくるタイプなんですが、製版所に黒沢さんが原稿ケースを抱えてゴロゴロゴロゴロ……と駆けこんでくる絵が浮かんだんですね。ああ、これはきっと何かスポーツをしてる人なんだろうな。なにか運動をやっていて、その道を諦めて編集者になった人なんだろうなと。
――浮かんだイメージから設定を読みとっていくんですね!
松田 バレーボールかなと思ったりもしたんですが。最終的に、担当さんがお世話になっている整体師さんがイメージにハマって柔道に決めました。オリンピック強化選手の経歴を持っている方で、目が醒めるようにおもしろい人でした。これまでに会ったことがないタイプの人だったんです。今まで、オリンピックを目指すほど打ちこんだ人って会ったことはありますか?
――ないですね。
松田 突き抜け方が、ちょっとすごいんですよ。この人おもしろいなと思って、スポーツ関係の本をいろいろ読んでみたら、アスリートの人たちってホントに自分のような文化系とは全然違う精神構造で生きてるんだなと気づきました。
――まったく違う精神構造というと?
松田 めげないというか……自意識が違う。自分も含めて私の周辺の文化系の人って、人にどう見られるかを気にしがち。チャリティに参加するにしても「いい顔してるって思われるかも」とかあれこれ考えちゃいがち。でも、スポーツをやってる方は全体的に「やりたいからやる」「やりたくないなら、やらない」「世間が喜ぶならやる」というふうに明快なんですよ。その自意識の薄さは時々「何も考えてないんじゃないか」と誤解されるかもしれないんですが、考えてないんじゃなくて社会との隙間がないというか……。社会と意識がぴたっとくっついてるんじゃないか。それを感じた時、衝撃を受けたんです。
――世界を目指せるレベルにいた黒沢さんがなぜ柔道に未練を持っていないのか、バイク便のお兄さんに聞かれて「そうしたかったから」と答えるシーンがありましたね。
松田 やりたいことに対して「まわりはどう思うかな」という疑問は持たず、まっすぐに「自分がこれをやるにはどうすればいいだろう」と考えるタイプの人がひとり会社にいたら違うんだろうなと思うんです。そういう人がいると、まわりも変わってくるんじゃないか。黒沢のような人を採用した社長は偉いなと思います。
――体育会系の子が出版業界に入ってきて……という設定ですが、根性と勢いのヒロインかと思いきや、黒沢さんはそうした紋切り型のキャラクターではないのがすごく新鮮だと思うんです。見た目から「子熊」なんていわれもするけど、ふつうに女の子らしい服装をしているのもいいですね。
松田 黒沢さんは絶対通販で服を買ってると思う! 目に浮かびます(笑)。
――かなりいろんな服を持ってますよね。ショートパンツやパーカーの日もありますが、フリルの服も多いし意外にスカート率も高い。
松田 本当はキャラ化するのであればいつも同じ衣装にする、元柔道選手ならジャージで出社とかにしちゃうのもマンガのよさなんですが、たまたま自分はかわいい服を着せてあげたいっていう気持ちが強い。一いちおう女性誌で描いてましたしね。
――いくら柔道一直線な女の子だとしても?
松田 そもそも現実のオリンピック級のアスリートを見たってみんなかわいいし、ちゃんとおしゃれしてますからね。青年誌の読者さんは、服を着がえるキャラクターに慣れていないというので、髪型だけは変えないことにしています。あ、ちなみに黒沢は『最強伝説黒沢』から勝手にいただいています。
出版に携わる人たちの仕事へのこだわり、やりがい、
真摯な姿勢をしっかりと伝えたい
――本作では、編集者と漫画家だけでなく、マンガ雑誌に関わる人々をかなり幅広くとりあげていますね。
松田 連載立ち上げ時に、広く出版全体に関わっているお仕事の話にしようという方向性になっていって。書店、印刷所、製版所、また倉庫で働いている方などたくさん取材をさせていただいて連載がスタートしました。
――原稿を運ぶバイク便の方まで登場するとは……でも、たしかに陰の功労者のひとりですよね。
松田 なかなかマンガに出てこない職業だと思うんですけど。漫画家は本当にお世話になってますからね……私は特に(笑)。
――漫画家さんが、かっこいいライダーさんに取りに来てもらうのを楽しみにしている描写がリアルでした。
松田 絵を描く人ってバイク好きも多いですからね。ライダーに興味がある人、多いと思いますよ。
――取材で聞いたエピソードをそのまま使うことはありますか?
松田 そうですね、専門的なこと……たとえば校閲のエピソードなどに関しては自分では作れないのでネタをいただいたりはします。でも、キャラクター化するときは、取材させていただいたご本人と同じにならないようにしています。描きたいのは、仕事のどこにこだわっているのか、どこにやりがいを感じているのか。お話をうかがうなかで、みなさんの仕事に対する真摯な姿勢には本当に心打たれます。限られた予算と時間のなかで、いかにいいものを上げるかという……そのキモをしっかり逃がさないように描きたいと思っています。
――取材したなかで印象に残っていることは?
松田 具体的には、たとえば製版所のオペレーターさんのマウスさばきの速さ。あれをどうやったら絵で再現できるだろうとか考えましたね。
――漫画家にしてもすごくさまざまなタイプの人が出てきますよね。
松田 破天荒な人はそんなに出てこないですね。アユちゃんのお父さんくらいで。漫画家って、きちんとしてないと長くやっていけないんですよ、体力仕事なので。自分としては漫画家さんたちのキャラはあまりバラエティに富んでいないかなと思いますが。
――いえいえ、そんなことないです。中田のような天才肌以外の新人さんたちにしてもそれぞれ悩みも違いますし。思い入れの深いキャラクターは?
松田 栗ちゃんかな。じつは、栗ちゃんみたいな人が一番長くマンガを続けていって巨匠になるんじゃないかなと描きながら思うんですよ。沼田さんももうちょっとだけ柔軟性があればいけたと思うんですけど……。栗ちゃんみたいにいろんな人とコミットしながら、俺はそんなに才能ないけどがんばろうと思えるタイプの人のほうが続けていけるんじゃないかなと、いろんなキャラクターを描きながら思うんです。
――栗山さんと沼田さんとは、ちょっと意外な感じがしました。
松田 メインのキャラたちはみんなそれぞれ華のある人なので描きやすいですよ。でも、一方で脇役である栗ちゃんとか沼田さんの人生は本当に尊いなと思ってますね、いつも。
――ここまで長く描いてこられた松田先生が言うと、非常に重みがありますね!
松田 長いアシスタント生活と長い漫画家生活を経てますから(笑)。
取材・構成:粟生こずえ
■次回予告
次回のインタビューでは、女性人気No.1の呼び声高い”イケメン”キャラにモデルがいたことも語られます!
さらに最新第9巻で、あのキャラクターの恋愛事情が明らかになる(!?)、という衝撃の最新情報もお聞きしちゃいました!
インタビュー第2弾は、4月20(木)公開予定です! お楽しみに!
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