『アイリウム』
小出もと貴 講談社 \630+税
(2014年11月21日発売)
1錠服用すれば24時間の記憶が消える薬「アイリウム」が蔓延した社会を描く、現代SF。
毎回の主人公や舞台が異なるオムニバス形式で、全7話(単行本用描き下ろし含む)とも、記憶がテーマとなるヒューマンドラマである。
アイリウムの効果は、記憶をなくすとはいっても、アルコールやドラッグとは異なり酩酊状態になるわけではない。あくまでシラフのまま行動し、服用から24時間が経過した時点で、それ以前の24時間分の記憶が消える。そのため服用者の主観的な時間感覚としては、アイリウムを飲んだ直後に24時間先にワープしたかのように錯覚するのだ。 つまり、幻覚作用や興奮状態を得るためのドラッグとは、大きく意味合いが異なる。
作中では、罪悪感に囚われないようにするため、戦場に赴く兵士が出撃前に服用する。
また、午後のファミレスで暇を持て余す有閑マダムたちは、1錠を4分割し、記憶を持ち越さないことを条件に、互いの家庭の秘密を暴露し合う。しかし、当然「飲んだフリ」もできるわけで……。
いずれのケースも、人間の同一性を保つのは、意識と記憶の連続性に大きく依拠することが示され、本作は「記憶とは何か」を問いかけ続けてくる。
では認知症によって記憶に障害が生じた場合は、人間の同一性は保たれるのだろうか? といった問いまで含めた、全7話構成である。
作中登場人物の立場や状況を自分に置き換えることで、貴重な思考実験を提供してくれる作品といえるだろう。
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでのマンガ家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
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