いつかの時代のどこかの場所――砂の海を漂う巨大な漂白船「泥クジラ」。外界から閉ざされた世界で仲間と穏やかに暮らしていた少年チャクロは、謎の廃墟船のなかでひとりの少女リコスと出会う。リコスは泥クジラを「ファレナ」と呼び、当初はチャクロたちを敵視していたが、しだいに心を開いていく。そんななか、突如、砂海の果てから侵略者たちがやってきて平穏な日々は終わりを告げる……。
多くの秘密と謎を孕んだ世界を舞台に繰り広げられるリリカルかつ骨太なストーリーテリング、子どもたちをはじめ老若男女からなる魅力的なキャラクター、ファンタジーの王道ながらどこか懐かしい世界観が受け、じわじわとファンを増やす『クジラの子らは砂上に歌う』。
現時点で物語はまだ第一章のクライマックスということなので、未読の方もまだまだ間に合います! 「このマンガがすごい!2015」でオンナ編の第10位にランクインした2015年最大の注目作をリアルタイムで体感しよう!!
設定のもとになった、子供の頃から頭に浮かんでいた原風景
――まず、この作品のいちばんの魅力に「砂の海を漂う泥クジラ」という設定があると思うのですが、このアイデアはどこからきたのでしょうか?
梅田 もともと子どもの頃から、どこでもないのに不思議と懐かしさを感じる原風景が頭のなかにあって。色のない世界に、子どもがつくった粘土細工みたいにのっぺりした建物があるような漠然としたイメージで。
もしかしたらコマーシャルとか子ども向けのアニメで見たものがもとなのかもしれないけど、空想のなかでぱっと浮かんできたり、あと大人になってからも夢によく出てきて。もしかして私ここに住んでたのかもしれないって(笑)。 オカルト的なものじゃなく、ずっと気になってて、それを描いてみたいというのがまず自分のなかにあったんです。
――なるほど、じゃあテーマやストーリーよりも、ビジュアル的なイメージが先に?
梅田 そうなんです。で、それってどんな世界かな? と考えた時、ビジュアル的にもやっぱり一度ゼロになってしまった終末的世界かなと思ったので、そこからイメージを膨らませて……。泥クジラのイメージカットができてから、一気に話が広がっていきましたね。
――ジャンル的には、いわゆるハイ・ファンタジー[注1]に分類できますが、なにか指針となった作品ってありますか? 泥クジラは『天空の城ラピュタ』を彷彿させるところもありますが。
梅田 ファンタジーは自分には向いてないと思ってたんで、特に意識はしてなくて、頭のなかにあるものを出したらたまたまこうなったって感じなんですけど、ジブリはもともと好きだったし、『ラピュタ』は影響があるかも。
泥クジラという名前もファンタジーでいくという方向性が決まってから、クジラってファンタジーぽいなって付けたもので。じつは連載の準備期間が、実質2カ月くらいしかかけられなかったので、描きながら考えた部分も多くて、細かな部分はあとでつじつまを合わせたり……。
――それは意外です。ストーリーもすごく緻密だし、中央塔から第5塔までの5つの塔や居住区や工房があって、農園や貯水池もあって、「体内エリア」と呼ばれる深部はなぜかサイミア(情念動)が使えないから監獄としても使用されてる――みたいな泥クジラの構造とか、人々の暮らしぶりみたいなのも細部までリアルに描かれてて、それが作品世界の強度につながってるなと。
梅田 ファンタジーとはいえ、実際に住める感じじゃないとイヤなんですよね。
やっぱり農園ないと食べ物に困るよなーとか、泥クジラは漂流船だから狩りだけじゃなく、飼育もしなくちゃダメだなーとか、描いてても細かいところが気になっちゃう。
――「生活の匂いのするファンタジー」というか、そういう泥クジラの牧歌的な生活シーンがあるからこそ、その後の戦闘シーンの残酷さも際立つし、逆に戦闘シーンがあるから平和な日常のかけがえのなさも際立つ。その緩急というか、日常と戦いが一緒にある感じも本作の魅力ですよね。
梅田 本当はほのぼのシーンのほうが好きなんですよ。でも私が戦闘シーンはイヤだなと思いながら描いてるのも、登場人物の心情と重なってリアリティになってるかなって(笑)。
――なるほど。泥クジラには「サイミア」と呼ばれる超能力を持つ子どもたちがいて、それを使って敵と戦う……というのはファンタジーの王道的ともいえますが、その超能力を司るのが「感情」で、能力を持つ者も嫌々戦ってるというのが異質だし、意味深ですよね。
梅田 当初の予定では超能力はなくて、単に普通の戦争で追いつめられていく子どもたち、という設定だったんです。
でも、打ち合わせのなかでやっぱり超能力ものが好きな読者もいるし、マンガの題材としても魅力的だなと思って。ただ、普通の超能力ものにはしたくなかったので、そこはこだわって。結果、物語のキーになった部分ですね。
- 注1 ハイ・ファンタジー 「異世界ファンタジー」とも呼ばれるファンタジー作品のジャンルのひとつ。独自の世界観や歴史を持つ架空の世界を舞台にしているのが特徴で、壮大で重厚なストーリー傾向がある。
©梅田阿比/秋田書店