初連載作ながら、衝撃的なヒロインの貞操観念に賛否両論の嵐を巻き起こした『あそびあい』。シンプルなタッチでディープなストーリーをつむぎだす新田章先生とはいったい何者なのか(!?)後半は新田先生のペンネームの秘密、そして作品に多大な影響を及ぼしている!? ご家族のお話も!
絵描き家系だからこそ 絵だけは描くまいと思っていた
――じつは私、新田章ってお名前だけで男性だと思い込んでて……。今日お会いして初めて女性だと知って、ビックリしました。
新田 新田章って、じつは父の名前なんです。最初に「アフタヌーン」(講談社)に投稿した時、もし世間に出たら自分の名前だと恥ずかしいぞと思って。父が若い頃から「自称絵描き」の人で、でも世にはまったく出てないので拝借しようと。
――それは性別をあえて曖昧にしたいみたいな?
新田 そういうのはまったくなかったんですが、私がマンガを描きはじめた頃に、父が心筋梗塞で倒れて死にかけまして、このまま死んだらこの人の絵はなんだったんだろうって思って、なんらかの形で世に送り出してやろうと。でも結局、生きてるんですけどね。あはは。
――お兄様も漫画家(カエデミノル[注1]さん)だそうですし、絵描きの家系なんですね。
新田 なまじ父が絵を描いてたので、下手とかうまいとか口出しをされたらイヤだから描かないでおこう、って思っていた時期もありました。あと、父は絵を描きたいがために定職につかなくて、ずっとアルバイト暮らしだったからけっこう貧乏で。母の家が金持ちだったので、仕送りとか服も送ってもらったりして生活が成り立ってたんです。だから、父のことはおもしろい人だなぁとは思うけれど、尊敬しているかというと、ちょっと違うんです。
マンガにはどうしても自分が出る だから全部貧乏くさい
――先ほど(インタビュー前編参照)、小谷さんの貧乏くさいところは自分だと仰ってましたが……。
新田 この表札がガムテープなのは、うちもだったんですよ。あとかまぼこ板で汚くなったら変えたり、テキトーで。小谷さんの楽観的なところとか、人からどう思われてるかとかをまったく気にしないところは父の影響がありますね。父も冬着てたセーターを袖切って夏に着たり、涼しいからって母のスカート履いたりもしてましたし。
――まさに小谷さんっぽい(笑)。そういう楽観性は新田先生ご自身にもあります?
新田 人目とか恥だとかは人に迷惑がかからなければあんまり気にしないです。そのせいか、楽観的だというのはかなり言われます……(笑)。でも毎日がんばって生きてます!
――いや、今日は新田先生が『あそびあい』を描くうえで影響を受けたモノついても伺おうと思ってたんですけど、ご家族の影響に勝るものはないんじゃないかという気がしてきました(笑)。
新田 だから私のマンガはぜんぶ貧乏くさいんですよ。影響を受けたモノとか、特に恋愛モノではほとんどなくて、人の恋愛って人の恋愛でしかないし、自分の環境しかリアルにわからないから。『あそびあい』は特に長編だし、どうしても自分が出ちゃって……すごいイヤでしたね(笑)。
――でも、小谷さんって楽観的ではあるけどすごく楽しそうなわけでもない。淡々とどこかさびしげで、それが平坦な郊外の団地とか河川敷の風景とシンクロしてグッとくるものがあります。
新田 ある編集者さんも「新田さんのマンガはさみしい」みたいなことを言ってくださって。そういうふうに見てもらえて、うれしかったですね。私、空を描く時に学校のシーンではなるべく空にトーンを張らないようにしたんですよ。学校があんまり好きじゃなかったんで、学校に青空なんてやってたまるか! って。
独学で歩み始めた 漫画家への道
――高校時代はどんな感じで過ごしてました?
新田 基本ひきこもって、家で映画か本読んでましたね。学校はたまーにサボって……。でも不良ではなく、いたって優良だったと思うんですけど。小学校の頃からサボリぐせはあって。映画の『ジェラシックパーク』を観たあと、恐竜が作りたい! と思って、粘土で恐竜を作ってたら止まらなくなって親に「学校休んでいい?」って正直に理由を言って3日ぐらい休んだこともありました。高校の時も『エヴァンゲリオン』や『ツインピークス』を見出したら止まらなくなっちゃって、学校休んでイッキに最後まで見たりしてました。
――マンガはいつから描き始められたんですか?
新田 22、23歳ぐらいかな。それまでは映画監督か小説をやりたいなと思ってたんですけど、小説は文字だからすぐ斜線ひいて直せるんですよね。それじゃあいつまでたっても完成しない! と思ってやめました。映画も膨大なお金と人材がかかるし。それで、たまたまその時期に兄がマンガを描き始めていて、アイツにできるなら私にもできるに違いない!って。
――じゃあ描き始めてすぐ、「アフタヌーン」で四季賞[注2]を取られた感じですね。それはすごい。ほとんど独学ですよね?
新田 そうですね。美大に行けるわけでもなく、落書き程度で。小さい頃からジブリが好きでよく模写したり、大友克洋さん[注3]の『AKIRA』カッコイイ! と思って人物を模写してましたけど。漫画家だとほかには山本直樹さん[注4]とか、自分で描く分にはさっぱりしたタッチが好きなんだと思います。まつ毛もホントは描きたくないぐらいで。セックスシーンとかも生々しいと恥ずかしいから淡白に描いたつもりで。擬音などは意識的にいれないようにしてました。
- 注1 カエデミノル 「LO」「MUJIN」などで成人向けマンガなどを描く漫画家。新田章先生のお兄さん。ときどきベタ塗りを手伝ってくれるそう。
- 注2 四季賞 正式名称は「アフタヌーン四季賞」で、講談社のマンガ誌「月刊アフタヌーン」が1986年の創刊時から主催しているマンガ新人賞のこと。春夏秋冬の年4回の募集がある。
- 注3 大友克洋 漫画家、映画監督。宮城県出身。『AKIRA』『童夢』などで知られ、緻密な描き込みと画面構成は80年代以降のマンガ界に多大な影響を与えた。近年は映画監督としてアニメ映画『スチームボーイ』や実写映画『蟲師』などを監督している。
- 注4 山本直樹 北海道出身の漫画家。劇画村塾の第3期生。代表作に『ありがとう』『レッド』『Blue』など。成人向けマンガを執筆する際には「森山 塔」「塔山 森」のペンネームを使う。大胆で過激な性描写と繊細なタッチの画風は高い評価を受ける一方、「問題作」と呼ばれることも。