『親愛なる殺し屋様』第4巻
辺天使 集英社 \438+税
(2015年6月9日発売)
凄腕の殺し屋・ヤシロさんを主人公にしたシリーズ。
ただ、このヤシロさん、殺し屋としては、ちょっと(いやかなりか)異色なキャラクターなのである。
ヤシロさんは、とある田舎に住む老紳士である。
麦藁帽子をかぶって、畑を耕している。丸眼鏡の奥の瞳は子どものように輝いている。日焼けした褐色の肌に、白髪と鼻の下から真横にピンと伸びた白髭が生えている。と、殺し屋っぽくない外見だが、そこが異色というわけではない(実際のところ、ヤシロさんは殺しに赴くときには、白いソフト帽をかぶり、上下白のダブルのスーツを着こんで、いかにも「殺し屋」という外見になる)。
ヤシロさんが変わっているのは、殺しの標的(ヤシロさんは「ターゲット様」と呼んでいる)のことをすごく気にかける点だ。
我々読者は、殺し屋“なのに”標的に気をかけるのはおかしいよねと思う。でも、ヤシロさんの考えは違う。殺し屋“だから”ターゲット様のことを気にかけるのだ。
気にかけるからこそ「半年後に殺します」と殺す時期や殺し方をお伝えする。お伝えするのも、電話やメールでなく、万年筆を手にとり、「あなたを殺しに うかがいますがゆえ よろしくお願いいたします」と礼儀正しい言葉遣いで、お手紙をつづる(ちなみに、ヤシロさん宛の郵便は「ヤシロさま」と書くだけできちんと届く。逆に、ヤシロさんが書いたお手紙は、宛先が激戦地であっても、なじみの郵便配達人が届けてくれるのだ)。
ヤシロさんはターゲット様の健康も気にかける。
自分が殺す前にターゲット様が病死するなど、ヤシロさんには耐えられないことなのだ。だから、ターゲット様が患ったと知ると自家製のイモやミカンなどを送るのだ(ヤシロさんの農作物は、栄養満点だから、ターゲット様の病気もみるみる回復してゆく)。
殺し屋が主人公のマンガとくれば、『ゴルゴ13』のように厳重に警護された標的との攻防戦が読みどころとなるのだろうが、本書の場合は、ヤシロさんとターゲット様との交流が物語の軸になるのである。
それだけターゲット様と交流してしまうと、情が移って殺せなくなるのでは、と思ってしまうが、ヤシロさんにかぎってはありえない。「ターゲット様との約束は絶対厳守」なので、期限になれば、どれほど親しく手紙をやりとりした相手であっても殺しに赴くのだ。
ヤシロさんは、殺しには必ずナイフを用いる。
ナイフを使うのも「殺す以上は きちんとこの手で 心を込めて 殺してさし上げたい」というヤシロさん一流のこだわりによるものだ(ターゲット様に失礼のないよう、ナイフの鍛錬は日々怠らない)。
このようにヤシロさんは彼なりの職業観/倫理感で極めて真摯に「殺し屋」に取り組んでいるわけだが、その行動パターンはどこかおかしい。
本人はいたってまじめにやっているのだが、見る者はついつい笑いを誘われてしまう――なんてことは、ときどき体験するかと思うが、ヤシロさんの振る舞いもそれに近いように思える。
そして、大ゴマを大胆に使ったり、画風を突然シリアスタッチに変えたりする、著者・辺天使のセンスのよい画面づくりが、そうしたヤシロさんの行動のおもしろさを際立たせているのだ。
『親愛なる殺し屋様』は、この第4巻で完結。ヤシロさんの新たなエピソードを読めなくなるのは残念なのだが、未読の方からすれば今がチャンスといえよう。
この機会に全4巻を一気読みして、ヤシロさんの独特な世界にはまってほしい。
<文・廣澤吉泰>
ミステリマンガ研究家。「ミステリマガジン」(早川書房)にてミステリコミック評担当(隔月)。『本格ミステリベスト10』(原書房)にてミステリコミックの年間レビューを担当。最近では「名探偵コナンMOOK 探偵少女」(小学館)にコラムを執筆。