『娘の家出』第1巻
志村貴子 集英社 \600+税
(2014年5月9日発売)
人が人を好きになる。そんな抽象的な言葉には誰も反対しないだろうけど、本作に登場するひとつひとつの恋愛は、いやというほど生理的かつ具体的だ。面食いだったりマッチョ好きだったり、その人の自我とはあまり関係なく、「そんな人が好きなように生まれてしまったから」としか言いようがないところがある。
非現実的でぶっ飛んだ世界観を設定していても、恋愛については臆病なほど保守的な作品も世の中には多い。自動車でいえばギアの1速と2速を行ったりきたり、キスか告白でゴール。そこから先の道のりがはるかに長いというのに。
それに対し、志村貴子の作品は、いつもトップギアから始まる。女の子になりたい少年が学ランを着たい少女と惹かれ合う『放浪息子』は、性別やヒゲが生えるなど成長する体に悩みはするが、告白はあっさり。
『青い花』も従姉妹との肉体関係を通過したあとからスタートで、女子同士やら男女やらのあれやこれや。
志村作品のすごさは、共感しにくそうな“好き”を持つ主人公を設定したうえで、彼らの“好き”に読者をうなずかせることだ。日常生活ではざらつきを感じそうなマイナーな性癖なのに、ページをめくることで肉体から離れた読者の心はそれを「そうそう」と優しく見守れる。だからマンガってすばらしい。
ただいまーと帰ってきたおっさん。出迎えるのは太めでハゲのゲイ、そして女子高生のヒロイン。
「ママとケンカでもしたの?」
「再婚するの」
ああ、このおっさんはヒロインの父親なのね……オカマは父親の彼氏さんで、ヒロインのママとの離婚の原因になったのね……と頭では飲み込めるが、感覚はなかなかついていかない。でも、淡々とこの一話を読み終わる頃には、喉に異物のようにつっかえたこの違和感が、すっと胃の奥に消えている。ちょっとすごい。