人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、森野萌先生!
とあるお屋敷を舞台に、サッカー好きで家事全般も得意だがオカルトが苦手の男子高校生・美郷哲と、屋敷の娘、じつは憑依体質の女の子・志津が、互いに戸惑いながらも心を通わせてゆく(!?)異色のボーイ・ミーツ・ガールの物語『おはよう、いばら姫』。
昨年4月に単行本第1巻が発売されるやいなや、書店員やブロガーを中心に注目を集め、『このマンガがすごい!2016』オンナ編で20位にランクイン。作品としてはまだまだ序章段階ながら、ラブストーリーであり、ミステリであり成長物語でもある!? 一筋縄ではいかない設定と先の読めない展開で、いわゆる少女マンガファン以外からも、注目を集めている。
そんな話題作の『このマンガすごい!2016』のランクインと、単行本第3巻の発売を記念して、今回は作者の森野萌先生にお話をうかがった。
もともとはラブストーリーではなく
疑似親子ものだった!?
——まずは手前味噌ですが、『このマンガがすごい! 2016』ランクイン、おめでとうございます。
森野 ありがとうございます。自分では絵もお話もまだまだと思っているので、畏れ多い気持ちもありつつ、うれしかったです。
——『おはよう、いばら姫』(以下、『いばら姫』)は、森野先生にとって初の本格連載の作品になるんですよね。
森野 そうなんです。漫画家になってまだ日も浅いので、家族も不安に思っていただろうし、これでちょっとは安心させられたかなと(笑)。あと、性格的にすぐネガティブになりがちなので、ランクインしたと聞いて、どこかでちゃんと読んでくださる方たちがいるんだっていうことに実感が湧いて、ものすごく励みになりました。
——作品のアイデアとしては、どのようなところから始まったのでしょう?
森野 原案みたいなのものは、じつは「デザート」でデビューする前からあって。ある出版社で雑誌が創刊されることになった時に、「ちょっと変わった女の子の話を描いてみませんか?」と声をかけていただいたんです。
その時に、毎日性格が違う女の子がいたらおもしろいだろうなって思って、『いばら姫』の原案のようなものを考えました。その時点ではラブストーリーではなく擬似親子もので、結局、その雑誌の企画自体がなくなってしまったんですけど、この作品はいつか描いてみたいな、と私のなかでずっとあたためていました。
——「デザート」で最初に掲載されたのは『マイ・フェア・ネイバー』でしたね。
森野 『おはよう、いばら姫』の原案と、『マイ・フェア・ネイバー』の原案を両方見せて、『マイ・フェア・ネイバー』の掲載が先に決まりました。『マイ・フェア・ネイバー』が終わったあとに、「最初の連載だから好きなことを描いていいですよ」って担当さんが言ってくださり、『いばら姫』が連載に向けてスタートしました。自分でもこれは「デザート」っぽくないよなあ……と思いながらも、逆にこの機会を逃したら描けない!と思って。原案をもとに、新たにストーリーを練り直した感じですね。
——なるほど。いわゆる少女マンガの主人公って、読者が感情移入しやすい、等身大の女の子が多いですよね。でも志津の場合は、読者がなかなか共感しづらい設定というか……。
森野 そうなんです。だから最初、担当編集さんからは、「男女の設定を逆転させた方がいいかも」とも言われたんです。でも、「この設定で森野さんが描きたいものがあるんだろうから、絶対に変えろとは言わない」とも言ってくださって。
——まだ新人の森野さんにすべてを委ねてくれたと。すばらしいですね!
森野 私のなかですでに大筋も決まっていたので、そこはやっぱり変えたくなくて……。変えていたほうが売れてたかもしれないですけど(笑)。
——だからでしょうか。哲くんはいわゆる王子様タイプではなく、家事が得意で面倒見がいい、まさに女子が親しみを持ちやすいキャラですよね。
森野 最初はもっと身長が高かったり女の子にモテたりしたんですが、少女漫画の主人公であることや後々の展開も考えていくと愛嬌や親しみやすさが必要かな、となりました。。あとは私、王子様ってそうそう現実世界にいないよな、と思っていて。
もちろん立派な男性は世の中にたくさんいらっしゃるんですけど、私みたいに誰かを助けてあげたいと思っても、躊躇してしまったり、すぐには行動できなかったり、そういう人もたくさんいるんじゃないかなと。なので、哲のキャラクターを作るときは、スーパーマンじゃない普通の男の子、というテーマもありました。。
——そこには森野さんの理想の男性像のようなものも含まれていたり?
森野 う~ん……私、キャラクタ自体には、あまり「萌え」がなくて。どちらかというと、こういう状況下の2人が好き!という「関係性萌え」タイプなので、『いばら姫』でも、不器用な2人がお互いを理解しようとがんばって、歩み寄っていくところを描きたかったんです。
——ちなみに、哲くんが家政夫という設定には何かこだわりはありますか?
森野 哲が家政夫なのは、逆算の結果なんです。そもそも私、庭園とか洋館とかが好きで。『秘密の花園』[注釈1]という小説がすごく好きだったので、お庭があって、その奥に秘密の場所があって……みたいな設定は、『秘密の花園』から着想しました。で、その洋館に住むお嬢様と出会うにはどうしたらいいかな? って考えたときに、そこに仕事で通うような、家政夫だったら家に入り込めるかなって。
——『秘密の花園』では病気の少年が隠れていたわけですが……ややネタバレになってしまいますが、『いばら姫』ではそれが「憑依体質の女の子」という(笑)。先ほどの「日によって性格が変わる」というだけなら、二重人格という設定でもよかったと思うんです。そこをあえて、いろんな人に体を乗っ取られる「憑依体質」にした理由は?
森野 たとえば「体は女の子なんだけど、中身はおじさん」みたいな設定を考えたとき、「ひとりのなかにある別の人格」ではなく、完全に「別人」にしたかったんです。ファンタジーにしてしまったほうが、マンガとしての表現的におもしろいかと思いました。
——なるほど。完全に別人という設定だと「入れ替わりもの」もありますが、「憑依体質」だと、いろんな人が出たり入ったりできますよね。
森野 そうなんです。私、表情を描くのが一番好きなので、志津ひとりでいろんな顔を描けるいばら姫は描いててものすごく楽しいです。同じ顔で髪型でも、表情でどの人がなかに入っているかわかるように描けたらいいなと思ってます。
——体育会系のハルミチくんに、志津の曽祖父であるしのぶさん、お洒落好きのみれいさん、小学生男子のカナトくんなど、年齢も性別もバラバラのいろんなキャラが神出鬼没で登場しますが、みんな顔は同じなのに、人格がまったく違って見えるのがすごいです。志津がプールの自縛霊に憑依されるシーンは、え、ホラー!? とギョッとしましたが(笑)。
森野 ストーリーを追うだけでなくそこにある感情がきちんと読んでる方に伝わるような絵を描くのが目標で…。最終的に喜怒哀楽の4つだけじゃなく、もっと細分化された名前をつけられないような複雑な感情も全部描き分けられるようになりたいです。今の実力ではまだまだですが……!
——そんな多彩なキャラのなかで、身体の所有者であるはずの志津が一番つかみどころがないという。
森野 彼女の場合は小学生の入学式以来、ほとんど人と接しないまま、お屋敷に閉じ込められていたという設定なので、自我がまだ育ってないんです。だから、他人が自分のなかに入ってもかまわないと思っているんですが、哲と出会って、志津はだんだん変わりたいと思い始める……。
——単行本3巻帯の「本当のあなたが欲しい」ってフレーズがぐっときたんですが、そういう意味では、ラブストーリーであり、少女の成長物語にもなりそうですね。
森野 たしかに、成長とかめばえみたいなのは、けっこうなキーポイントかもしれませんね。人って他人と関わることよって成長していくと思うんです。そういう意味では志津は、最初は赤ちゃんみたいな感じで、顔も無表情なんですけど、哲とか、「中の(憑依している)人」たちと関わっていくことで、だんだん表情が出てきて、どんどんいきいきとしてゆく。それが描いていてすごく楽しいですね。
——巻を追うごとに、志津も哲も表情が豊かになっていきますよね。
森野 3巻のサッカーの試合のシーンは、やっと錘が外れた!みたいな感じで、思いっきり描けたのでうれしかったです。志津の笑顔を描いてる時は「クララが立った!」みたいな気持ちになりました(笑)。
自画自賛で恥ずかしいですが、このシーンは自分でもいい表情が描けたんじゃないかと思っているので。読者の方にもこのこめた熱量が伝わってくれたらうれしいです。
——志津さんは「憑依体質」というだけでなく、そのせいで家族からも見放されていたり、家庭環境も複雑そうなんですが、じつは哲くんのほうもワケありそうで……。
森野 そうですね。たんなる守銭奴ではなさそうだぞっていう(笑)。
——ファンタジーと言いつつ、キャラクターにヘヴィな背景を担わせているのは、なぜなんでしょう?
森野 なぜでしょう…。明るくて影のないキャラクターも好きですし、魅力的なんですけど、私自身がそういうキャラを作るのが苦手というか。ついついバックボーンを考えてしまうところがあって……。
——キャラクターの設定や背景を考えるのがお好きなんですね。
森野 物事に必ず理由があるわけじゃないっていうのはわかってるんですけど、自分で描くとなると、つい根拠を求めたくなって。根拠を考えたら考えたで、描かずにはいられないのがまた……。
——それはよくいいますよね。最初にキャラクターのバックボーンをしっかりと作り込むことで、キャラクターに説得力が生まれて、いきいきと動きだすようになるって。
森野 そうだといいんですけど……。設定をつけすぎてしまうのが悪癖で、ついページが増えちゃうんです(笑)。
——でも、少女マンガの魅力って、そういう細やかな人物設定とか心理描写とか、言動に至るバックボーンの部分だったりしますよね。哲くんにも志津にも、まだまだ謎が多いだけに、あれこれ勘ぐりたくなります。
森野 そういう深読みはどんどんしてほしいです!普通なら読み飛ばされてしまうような細かいところを描くのも好きなので、何回読んでも新しい発見があったらうれしいなあと思いながら描いています。
たとえば、わかりやすいのだと男性の霊がなかにいるときの志津は、座っているときに股が開いているとか。雑誌と違って、単行本になるとサイズ的に見つけにくいものもあったりするんですけど(笑)。
——志津の「中の人」たちも本当はどんな人だったのかとかも、気になりますね。
森野 それもいずれは描く予定なんですけど、今は哲が「中の人」に対してまだ少し距離をとってる状態なので、あえて顔は出さないようにしています。読者にもっと情報を開示した方がいいのかもしれないんですが、あんまり「神の目線」をとおして描きたくなくて。読者の方にも、哲が実際に感じてる戸惑いや怖さやうれしさをいっしょに感じてほしいなと思ってます。お話としてはちょっとわかりにくいかもしれなくて申し訳ないんですけど……。
——ーーいやいや、わからないだけに目が離せないです。第3巻以降も楽しみにしています。
- 注1 『秘密の花園』 フランシス・バーネットによる小説。両親を亡くした孤独な少女が、引き取られた伯父の屋敷の庭園で少年と出会い……。
■次回予告
さらに、『おはよう、いばら姫』の秘密に迫るインタビュー第2弾は、2月24日公開予定! お楽しみに!
取材・構成:井口啓子