『こちら葛飾区亀有公園前派出所』第59巻
秋本治 集英社 \390+税
8月26日は、本日取り上げる作品のエピソードタイトルどおり、「おばけ煙突が消えた日」である。1964(昭和39)年、東京足立区の東京電力・千住火力発電所の「お化け煙突」が取り壊されたのだ。
この煙突が「お化け煙突」と呼ばれていた理由には諸説あるが、一番広く知られているのは、4本建っていながら菱形に配置されていたため、見る場所によって、1本にも、2本にも、3本にも見えたためだという説。そんな不思議さからも、地域の人たちにシンボルタワーとして親しまれ、当時制作された数々の映画にも映し出されている。
煙突掃除人の悲哀を描いた、つげ義春『おばけ煙突』など、マンガにも千住火力発電所の煙突をあつかった作品は多い。
なかでも幅広い世代に読まれている作品としては、秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の一篇「おばけ煙突が消えた日」が有名だろう。
これは『こち亀』の主人公・両津勘吉の少年時代が描かれたお話で、昔から読者人気も高いエピソード。勘吉少年と臨時担任としてやって来た若い女性教師・佐伯羊子との、ふれあいと別れが描かれている。
小学校を去ることになった羊子に、勘吉と悪友の珍吉・豚平の3人は、稼働が停まっていた千住火力発電所の「お化け煙突」を使って、あるメッセージを送ろうとするが……。
舞台となっているのは昭和39年で、まさにお化け煙突がなくなった年。勘吉=両さんが羊子を見送ったそのあと、「お化け煙突」は完全に取り壊されることになる。煙突の消失は、年上の女性に対するあわい想いの消失でもあった。
両さんだけでなく、当時の人たちにとってもシンボルタワーだった「お化け煙突」。懐かしい時代と煙突を偲びながら、国民的長寿マンガの名編を味わってほしい。
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌『ぴあMovie Special 2014 Summer』が6月5日に発売に。DVD&Blu-ray『一週間フレンズ。』ブックレットも手掛けています。