『エジプトの三角』第1巻
青色イリコ 双葉社 \620+税
(2014年8月9日発売)
ゆるくてふざけているのに、なんなんだろう、めちゃめちゃ叙情的で、はてしなく哲学的で。
なんだか捉えきれないけれど、すごい!
これまでにもバラエティに富む作品を発表している青色イリコ。アラサー女子たちがダラダラと語り合う「Kiss」連載の『9時にはおうちに帰りたい』に注目していたところ、本作『エジプトの三角』では古代エジプト男子たちが、これまたダラダラとした日常を送っている。紀元前2500年前のエジプトという悠久の大地と文明が舞台でも、中身はキャラクターの日常を描いたギャグマンガというのがすごいところかもしれない。そしてその視点と、実際に描かれるものにこそ作者と本作の奥深さもある。
モテるというひと言に乗せられたファラオの命によって、ピラミッド建設が始まった古代エジプト。横になって、「ヘソに汗がいっぱいたまるまでは働かないって決めたので……」と言ってのけるサボりたがりのネシや、そんなネシに「なんの意味があんだよ」とツッコむ生真面目なワティも建設現場の働き手だ。
当時のエジプトの若者の気分というのは、読み解けば現代の若者の……うんぬんみたいなことは専門の学者さんに任せるとして、ひたすらイマドキ感覚で描かれた古代エジプトの日常が本作の読ませどころ。古代エジプトなのに現代感覚というギャップのおもしろさもあるのだが、その現代感覚が古代エジプトに妙になじんでいるというのが、なによりのおもしろさだ。
終わることのないピラミッド建設。そのなかで愚痴をこぼし、やる気を失い、だからと言ってリタイアすることもできなくて、バカ話をして少しだけ前を向く。そんな気分は、だれしも共感できるところだろう。そしてあらためてはたから見れば、そうやって苦闘したり、陶酔したりしているさまは、いい意味にも悪い意味にも笑えてしまうものでもある。そんなことまで考えさせられてしまうほどに、『エジプトの三角』は奥深いのだ。素直に読めば、ギャグマンガ。ただ、ある種、古代スペクタル劇でも、ある意味、壮大な歴史SFでもあって、うん、やっぱりピラミッド級。
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌「ぴあMovie Special 2014 Autumn」が9月17日に発売に。『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』パンフも手掛けています。