日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『少林カウボーイ SHEMP BUFFET』
『少林カウボーイ SHEMP BUFFET』
ジェフ・ダロウ(作・画)デイブ・スチュワート(著) 椎名ゆかり(訳) Graffica Novels ¥2,200+税
(2017年3月24日発売)
ジェフ・ダロウという作家をご存じだろうか?
巨匠フランク・ミラーとともに手がけた『ハードボイルド』や『ザ・ビッグガイ&ラスティー』という作品において、風景から道端のゴミに至るまで徹底的に描かれた緻密なアートとバイオレンス描写が話題を呼び、そのアーティスティックな作風で多くのファンを魅了したコミックアーティストだ。
彼はその後、ウォシャウスキー兄弟からの呼びかけによって、映画『マトリックス』シリーズにコンセプトデザイナーとして参加。
劇中における機械に支配された世界の描きこみや、様々なメカニック描写などの基礎をつくり、独特の世界観の構築に腕を振るっている。
また親日家である彼は、日本のアニメーションを勉強するために来日し、某アニメスタジオに籍を置いて日本で生活していたこともある。
そのせいか、ジェフ・ダロウが描くアートには、日本の文化や風景、ファッションなどを取り入れリスペクトしたものを多く感じることができるのだ。
一方で、その緻密なアートスタイルゆえに、カバーアートなどでの単体作品を目にすることは多いものの、シリーズもののコミックスを手がけることが少ないという寡作な人物でもあった。
そんなジェフ・ダロウが久しぶりにリリースしたミニシリーズが本作『少林カウボーイ SHEMP BUFFET』(原題:THE SHAOLIN COWBOY SHEMP BUFFET)だ。『少林カウボーイ』は、2005年に第1シリーズが描かれており、本作は2013年に描かれた第2シリーズを邦訳している。
本作には、状況を説明するセリフどころか、いわゆるストーリーも存在しない。
少林寺で修行をし、高い格闘能力を得たカンフーの達人である少林カウボーイが、迫りくるゾンビの群れに対して、ツインチェンソー薙刀(薙刀の両脇にチェンソーを取りつけた武器)を手に、大立ち回りを繰り広げていく様子が延々と描かれている。
だからこそ注目すべきは、そのアートだ。ツインチェンソー薙刀を振るう少林カウボーイの無双アクションと容赦なくバラバラにされていくゾンビの身体の様子が、圧倒的なディテールをともなって執拗なほどに描かれるのをただひたすら眺めていくことになる。
少林カウボーイは、その名前どおりカウボーイの代名詞ともいえる「ビブフロント・シャツにガンベルト」というファッションに身を包んでいる。
そして、寡黙に戦い続ける姿は、アメリカでも高い支持をえた時代劇の『座頭市』を想起させ、繰り出す技はアジアンテイストあふれるカンフースタイルであり、ダブルチェンソー薙刀のような特殊なガジェットが投入されることで、ほかでは見ることができないアクションを堪能することができる。
ある意味、様々な要素をごっだ煮的にブチこんで、難しいことは取っ払い、もっともおいしい部分だけを抽出したような作品なのだ。
彼の作風は、雄弁にテーマを語り、ドラマチックな展開をするような一般的なアメコミタッチではなく、徹底して緻密に描かれた一枚絵の連続を楽しむという斬新なもの。それは、まさに“読む”というよりも圧倒的な絵を“見る”というスタイルで仕上げられている。エンドレスにも見えるそのバイオレンスアクションは、当然ながら万人向けではないが、日本のコミックスにはない、しかし連続のページで見せるコミックスだからこその表現が詰めこまれており、一見する価値は充分ある傑作となっているのは間違いない。
<文・石井誠>
1971年生まれ。アニメ誌、ホビー誌、アメコミ関連本で活動するフリーライター。アメコミファン歴20年。
洋泉社『アメコミ映画完全ガイド』シリーズ、ユリイカ「マーベル特集」などで執筆。2013年から翻訳アメコミを出版するヴィレッジブックスのアメリカンコミックス情報サイトにて、翻訳アメコミやアメコミ映画のレビューコラムを担当している。