365日、毎日が何かの「記念日」。そんな「きょう」に関係するマンガを紹介するのが「きょうのマンガ」です。
5月14日は母の日。本日読むべきマンガは……。
『息子がかわいくて仕方がない魔族の母親』 第1巻
十五夜 集英社 ¥600+税
毎年5月の第2日曜日といえば、そう、記念日界の大御所「母の日」だ。
ネーミング的にはキリスト教関係の古い風習「マザーズ・サンデー」と縁のある記念日だが、直接的には19世紀アメリカの女性活動家により、戦争で夫や子どもをなくした婦人たちの立場から平和を訴える運動のなかで生まれた提言がベースになっている、という説が有名だ。
それがだんだんと戦争問題から切り離され、日常的な次元で子どもが母親へ感謝をささげるならわしへと変化していったようだ。日本では、大正初期から昭和前半にかけて、アメリカにならうかたちで「母の日」が定着して現在に至る。
さて、本日はこの記念日にふさわしく「母」が主題になるマンガを紹介したい。
その名もずばり、『息子がかわいくて仕方がない魔族の母親』という。
もとは著者がTwitter上で発表して人気を集めていたところを集英社にスカウトされ、「となりのヤングジャンプ」の連載陣に加わった生え抜きのWEBマンガである。
舞台は、私たちとほぼ同じような現代的文明を人類が築いている世界。
ただしその世界には「魔族」とよばれる異種族がおり、つい最近まで人間と深刻な争いをしていたらしい。
魔族たちはみな異形で、高い戦闘能力を持っているが、好戦的すぎるのが災いして絶滅寸前にまで数を減らし、今は人間社会に組みこまれつつある。
まだ魔族を恐れる人間は多く、人を嫌う魔族も多い。
それでも、本意か不本意かを問わず、2つの種族は共生への道を進みつつあった。
そんな折、ひとりの魔族が子どもをもうけた。
名前はローレム。
鋭い4本の角に翼と爪を持ち、その気になれば町ひとつ溶かし尽くせる高熱を操る異能を持って人間たちを脅かし、「破壊神」の異名で畏怖された女性魔族。
しかし今は、生まれたばかりの息子・ゴスペルのため、戦いを捨てて平和のなかで生きようと努力するひとりの新米ママである。
暴力性のかたまりであるはずの魔族が赤ちゃんへの溺愛でデレデレになり、わが子に初めてママと呼んでもらってボロ泣きするなどのギャップがほほえましい日常コメディに、シングルマザーの奮闘記としてのシビアな側面がスパイスとなって味わい深い内容となっている。
中心はもちろん、ローレムお母さんのあふれんばかりの愛情だが、彼女はあまりに世間や育児について知らぬことが多い。そこで、彼女を放っておけない妹・メリーや、貴重な人間の友人・千春(チハル)がしょっちゅう様子を見にきては、親身にサポートをおこなう姿も重要な支えとなる。さらに最近の連載分では、公的な福祉支援などの大きな枠組みも関わりだしてきた。
周囲のサポートがなければ、ローレムとゴスペルの生活は破綻して、生きるか死ぬかがたやすく別れる世界へ転げ落ちてしまうだろう。そんな危うさを何度も描きこんでいる本作は、題名のわりに意外なほど、一面的な母性愛賛歌で閉じるドラマではない。むしろ、母子に対して「それ以外」に開けたつながりが必要という、とてもソーシャルな物語であり、ファンタジーによって現実を照らす、優れた寓話となっている。
「息子がかわいくて仕方がない魔族の母親」……を、応援したくてしかたがない他者の視点。それこそが本作の真骨頂ではないだろうか。
「母の日」の今日、「母」をひとりの女性の内的な性質に押しこめず、社会の編み目の上に浮かびあがる働きと捉えた作品に触れておくのは、有意義だと思われる。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム35年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論 増補改訂版』(総合科学出版)。プリキュアはSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。Twitter:@miyamo_7