『アホ汁666』
ピョコタン 三才ブックス \1,983+税
1889年9月23日、木版工芸家の山内房治郎が花札を製造・販売するために、京都市下京区にて「山内房治郎商店」を創業した。屋号は任天堂。そう、1世紀近く後に「ファミコン」で一世を風靡するあの任天堂である。
やがて任天堂は日本で初めてのトランプ製造にも着手。序々にほかのゲームも手がけるようになり、1970年代に入ると大ヒットを飛ばした光線銃など、エレクトロニクスを取りいれた玩具を積極的に販売。1980年にはゲーム&ウオッチが爆発的な売り上げを記録し、1983年のファミコンの誕生へとつながっていくのだ。
この任天堂を熱狂的に支持している漫画家がいる。その名もピョコタン。1977年生まれのピョコタンにとって、小学1年生のときに発売されたファミコンの影響力はメガトン級。
2010年に発売された『アホ汁666』に収録された半自伝によると、「それはもう気が狂ったようにひたすらやり続けた……」とのこと。そして「ファミコンに脳を支配されたまま中学生に……」なり、スーパーファミコンが登場してますますゲームにのめり込むようになる。
高校を卒業したピョコタンはゲーム系の専門学校に入学し、ゲーム制作の現場を体験したが、その過酷さを目の当たりにして業界への就職は断念。
在学中にマンガ家としてデビューし、現在も「ゲームラボ」や「コロコロコミック」などで活躍中だ。
30歳をすぎても任天堂愛は健在。11年の6月には任天堂株を151万5000円で購入、株主総会に出席してお宝グッズをゲットしたりもしている(株価の下落で多額の含み損を抱えた際も、売却することなくストロングホールドしたことに信者としての矜持が垣間見える)。
そんなピョコタンの著作だが、コミックスは先に紹介した『アホ汁666』が最新作。以降、4年にわたって新作が刊行されていなかったが、先ごろ任天堂愛を凝縮した電子書籍『ぼくは任天堂信者』がリリースされた。任天堂ファンの方はぜひチェックしてほしい。もちろん信者以外の方が読んでもめちゃくちゃおもしろいですよ!
<文・奈良崎コロスケ>
68年生まれ。東京都立川市出身。マンガ、映画、バクチの3本立てで糊口をしのぐライター。中野ブロードウェイの真横に在住する中央線サブカル糞中年。
「ドキュメント毎日くん」