『空也上人がいた』
山田太一(作) 新井英樹(画) 小学館 \796+税
(2014年9月30日発売)
あの新井英樹が山田太一の小説を原作にマンガを描く――と聞いただけで、興奮を抑えられなかった人もきっと多いはず。
特別養護老人ホームを「ある事情」で辞めた中津草介は、ケアマネージャー重光の推薦で、とある老人の在宅介護を引き受けることになる。
20代の青年と40代の女性と80代の老人。介護という極めて現代的といえる問題。人に言えない秘密や孤独を抱えた3人が、世代を超えて奇妙な繋がりを育んでゆくというザ・山田太一ワールドを、その独特のセリフまわしも含めて、新井はあくまで忠実に、まるで写経でもするように静かな手つきでなぞり出してゆく。
避けようのない人間の孤独や生死、世界の不条理といったテーマは、これまでの新井作品にも共通するものだが、新井といえば……の激しいバイオレンスや性描写はいっさいナシ。
自身の露悪的ともいえる作家性を捨て去り、原作と同化するように穏やかな筆致で3人の不器用な交流を描いた本作には、だからこそ生々しい新井の眼差しや息遣いが確かに感じられる。巻末の新井&山田の対談もすこぶる読みごたえあり。
なぜ新井がこの物語を描こうとしたのか? 空也上人とははたして何なのか?
癒しも救いもない、ただ黙って背中を押してくれるような一冊。
<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69