『狼の口 ヴォルフスムント』第6巻
久慈光久 KADOKAWA/エンターブレイン \620+税
(2014年10月14日発売)
舞台は14世紀初頭のアルプス山脈。オーストリア公ハプスブルク家によってウーリ、シュヴァイツ、ウンターヴァルテンの森林同盟三邦(現在のスイス)は占領され、圧政がしかれていた。
交通の要衝であるザンクト・ゴットハルト峠に設けられ、自由を求める人々を抹殺する関所は、恐れを込めて狼の口(ヴォルフスムント)と呼ばれた……。
馬糞まみれになるほど身をやつした姫君が、ほのかな想いを寄せる騎士を殺されたうえに斬首され、最強の女闘士は卑劣な策にかかって散る。
紳士な顔して悪逆非道な代官・ヴォルフラムが楽しそうに処刑するさまに、倒錯した快感さえ覚えるほどだ。
しかし、この物語は「史実」が下敷き。ハプスブルク家の圧政は実際あったことで、相当苛烈だったという。
ヴォルフラムは本作オリジナルの人物だが、ヒドい仕打ちに耐えかねた人々が「盟約者団」を結成したのは事実。残虐な仕置きも、反乱を起こし準備を着々と整える(無駄死にした人はひとりもいない)までを描くため必然……とはいえ、遠い道のりだった。
ウィリアム・テル(スイスの英雄である)の息子ヴァルターを旗印にした関所の攻略が、今回はついに決着。
城の守りや仕掛けがヴォルフラムの悪意そのもので、「味方の屍を越えてゆく」がたとえでも何でもない大苦戦の後だけに、何ページにも渡る「尻から口まで串刺しの刑」が爽やかな余韻を残すという、前代未聞の読後感が味わえる。
ヴァルターは重症を負って一時リタイア、オーストリア公の弟レオポルト軍の約1万人と、盟約者団約2000人との激突が始まる――後世にいう「モルガルテンの戦い」だ。
主役に思えたヴォルフラムもヴァルターも1ページにすぎない、歴史という書物の壮大さに心打たれる。
<文・多根清史>
「オトナアニメ」(洋泉社)スーパーバイザー/フリーライター。著書に『ガンダムがわかれば世界がわかる』(宝島社)『教養としてのゲーム史』(筑摩書房)、共著に『超クソゲー3』『超ファミコン』(ともに太田出版)など。