『君曜日 鉄道少女漫画』第2巻
中村明日美子 白泉社 \714+税
(2015年1月30日発売)
中村明日美子の『君曜日』は、連作短編集『鉄道少女漫画』で描かれた「木曜日のサバラン」という短編に登場した女子中学生・倉木を主人公のひとりにすえた、長編シリーズ。
なので最新刊は『君曜日2 鉄道少女漫画3』というちょっと変則的な数え方になっている。倉木と、その恋人となる「小平」の2人の物語にだけ興味がある人は第1巻からだけ読んでもよいのだが、その前の『鉄道少女漫画』第1巻には、『君曜日』の発端となったある事件が収録されているし、他の作品も非常によいので、ぜひ『鉄道少女漫画』のほうから読み始めていただきたい。
さて、前置きが長くなってしまったが、『君曜日』は初恋を描いた作品であるというのがウリ文句になっている。
それで実際、いわゆる「初恋」らしい淡い恋心が描かれているのだけれど、主軸をそこだと思って読むと拍子抜けするかもしれない。いや、しないかな。
『君曜日』で描かれているのは、倉木と小平の心が何となく近づいていく過程である。それを「恋」だと言って囃し立て、盛り立てていこうとするのは、もっぱらまわりの人間たちなのだ。
だから、倉木も小平も、自分たちのなかにある気持ちが「恋」であるという確信をじつは抱けていない。
これこそが「初恋」なのだ、と拙速に断言してしまうことは、倉木と小平に対する冒涜のような気持ちすらしてくる。少なくともいち読者として、そう思う権利くらいはあるだろう。
で、本作を初恋を描いた作品だと思って読んで拍子抜けするかというと、結局のところそうではないだろう、というのはどういうことか。
なんでって、読者だって別に「初恋」を読みたいわけではない。他人の初恋を読んだところでなんとも思わないだろう。
読者が読みたいのは、自分が初恋を経験したころに味わった様々な感動なのだ。
それが初恋であるかどうかなんて関係ない。胸の高鳴り、戸惑いながら経験する他人との気持ちの接近。
あるいは、混乱しながら出会う世界の生々しく優しい事象の数々。
美しい光景は、その光景に出会った人に感動を与えるけれど、その人がその光景を目の当たりにするときに困惑しているときほど、その光景が与えてくるインパクトは強くなる。
単に「初恋」だけを描いた作品はつまらない。おもしろい作品は、動揺している人間が美しい光景に出会って味わう感動を描く。
「初恋」だか初恋じゃないか知らないが、『君曜日』には、他人との気持ちの接近を前に初心な困惑を経験し、それでもなお美しい光景に出会ってしまう少年少女が描かれている。だからすばらしい。
本作が「鉄道少女漫画」であることの意義は、だから、鉄道によって登場人物たちが「美しい光景」に出会うことにある。
やがて主人公たちは、ともに出会った美しい光景を共通の記憶として抱くようになるだろう。
そうなれば、彼らが経験した感情の接近が初恋だったのかどうかなんて、やっぱりどうでもよくなるに違いない。
<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
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