『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」「東京大空襲」』
三枝義浩 講談社 \619+税
1945(昭和20)年3月10日、東京の街は米軍による大規模な空襲に見舞われた。
東京の上空を埋め尽くした344機のB29は、一般市民の頭上に焼夷弾の雨を降らせ、一夜にして約10万人もの命を奪ったのである。
ここで紹介する単行本は、ともに「週刊少年マガジンに」に発表された2作品のカップリング。
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」は、18歳でベトナム戦争に出兵した帰還兵アレン・ネルソン氏に取材した作品。そして「東京大空襲 リンゴの歌」は、2005年に終戦60周年特別企画として掲載され、大反響を呼んだドキュメントコミックである。
ドラマの主人公は、小林庸子。戦前、西の宝塚と並んで人気を博した「松竹少女歌劇団(後のSKD)」に所属し、並木路子という芸名で活動した。戦後大ヒットを記録する「リンゴの歌」の歌い手である。
この当時はもちろん華やかな舞台興業などはできるはずもなく、軍の慰問興業などに従事していた。母と2人で、出兵した父と2人の兄の帰りを待ち、1日も早い終戦を願う日々であった。
3月とはいえ、たいへん寒かったというその夜……最初の爆撃は深夜0時8分。東京下町の住民たちは、着のみ着のままで家を飛び出す。おびただしい数の焼夷弾に、周囲はまたたく間に火の海に……。
強風も手伝って火は猛烈な勢いで燃え広がり、必死の消火活動もまるで役に立たない。
火焔地獄から逃れようと、人々の足は自然に隅田川へと向かった。生き延びる可能性があるのはここしかない。しかし、そうこうする間にも炎は間近に迫ってくる。
冷静な目で見れば、3月10日の冷えきった、しかも流れの激しい隅田川に身を浸すことの危険さも想像できるかもしれない。だが、追いこまれた人々には選択の余地はなかったのだ。
この「東京大空襲」で庸子は母を失った。そして、父も兄たちも帰ってくることはなかった。
母を守ることができず、自分だけが生き残ってしまった悔いを抱えた庸子が、どんな想いで『リンゴの歌』をうたうことになるのか……。
日本にも戦争はあった。しかし、その語り手は年々少なくなっていく。
戦争を知らない世代にとって、本作のように個人の記憶に密着した体験談ほど、生々しく胸に迫るものはない。
こうした作品が読み継がれることは、きっとひとつの力になるはずだと信じたい。
<文・粟生こずえ>
雑食系編集者&ライター。高円寺「円盤」にて読書推進トークイベント「四度の飯と本が好き」不定期開催中。
ブログ「ド少女文庫」