『ゆかい食堂セレクション お肉編』
くらふと 星海社 \880+税
(2015年5月8日発売)
ブログ「ギャラリークラフト」とグルメ案内サイト「macaroni」に連載中のWEBマンガ「ゆかい食堂」の単行本が、5月上旬に刊行された。 内容は、いわゆる食レポ。第1弾「お肉編」と題して、WEB版から肉料理店のレポートを選りすぐっている。
よく焼けた熟成肉と飯を鉄板に盛ったステーキ丼。
生の松阪牛肉をのせた麺へ熱いダシ汁を注ぐ牛麺。
切りわけが豪快なブラジル料理シュラスコ……。
お題を肉ひとつにまとめたことでむしろ多彩さが際立つ1冊になっている。
食べものや建物の絵は陰影が濃いハイコントラストな描写で、シルエットを読者の目に焼きつける効果が高い。
それを、著者・くらふと氏をまるっこく愛嬌たっぷりに戯画化した生きものが「ムッ! ムッ!」と勢いこんだ擬音とともに食べまくる図で“ゆかい”に読ませるのが特徴的だ。
紹介される店は関西圏が多く、ガイドブック的にも重宝する。
また、くらふと氏が星海社のサイト「ジセダイ」で連載している『ゆかいなお役所ごはん』も本作と同時に単行本発売。
こちらは関東をメインに、市区の役所や省庁の食堂をめぐっている。
お役所のイメージが親しみやすくなり、「食事のため」に行ってみたくなることうけあいだ。
さて、ここで視点を変えて、「マンガとして」の『ゆかい食堂』に注目してみよう。
ポイントは、“ゆかい”。これは具体的な由来が存在している。
『どろんチビ丸』、『猿飛佐助』などで戦前・戦後に児童教育マンガやナンセンスギャグマンガにより足跡を残したマンガ家・杉浦茂である。
「ゆかい」は「やあ ゆかい ゆかい」「ゆかいじゃのう」という、杉浦茂作品の言いまわしを念頭に置いており、くらふと氏の現在の画風は杉浦茂テイストを取りこんだものなのだ。
くらふと氏はもともと、ゲーム『アイドルマスター』のファン活動で知られる同人作家である。
2009年3月に京都マンガミュージアムで催された杉浦茂の記念展示を見学して刺激を受けた氏は、同年4月以降、ニコニコ動画でアイマスキャラを杉浦茂調に互換した作品を複数制作。
続いて『まおゆう 魔王勇者』がまだスレッド小説だった頃に全編(!)を杉浦絵で描き起こした同人誌を発行、さらにオリジナルの『空想科学まんがワンダーキッド』をpixiv等で公開……と、杉浦テイストを磨き上げてきた。
その丸々6年がかりの積み重ねが現在の『ゆかい食堂』を支えているわけだ。
商業デビュー単行本が2冊同時刊行という豪気な立ち上げには、その地力に対する出版社からの信頼がうかがえる。
食レポマンガとしての鮮やかさと、マンガそのものの古典復古としての豊かさをあわせもつ、くらふと氏の今後に注目していきたい。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7