『ラーメン食いてぇ!』上巻
林明輝 講談社 \640+税
(2015年4月23日発売)
『ラーメン食いてぇ!』は、老舗のラーメン屋を舞台に、その店のラーメンに魅せられた料理研究家、年老いて妻を亡くした店主、店主の孫でイジメにあっている女子高生の3人を軸に語られる異色のグルメマンガだ。
なにせ、冒頭1話で料理研究家はウイグルの奥地で遭難し半死半生、店主は妻のいない日々に絶望し飛び降り自殺一歩手前、孫の女子高正は学校裏サイトで流されたウワサがもとで自殺未遂を起こしてしまう。
グルメマンガなら通常、真ん中の位置に占めるであろうラーメンの存在は、その極限状態のミックスのなか、料理研究家の脳内で最後に食べたかった食事、店主には妻の面影、そして孫の女子高生には自殺未遂後の最初の一食のスープとして現れる。
麺がどう、スープがどうとこだわり、分析して語ることがメインになりがちな“ラーメン”という食べものに、いきなり生についての象徴的な意味をぶつけてくる。
『美味しんぼ』などの食通系グルメマンガなら、登場人物の求める食べものを再現することで、料理が対象人物の生き様や郷愁を呼び起こし、ある個人の人生の象徴として扱われることが多い。
その流れで読むと、『ラーメン食いてぇ!』のラーメンは3人の人生をいきなり象徴させられるかたちだ。
死が目の前にちらつく3人の人生をいきなり任されるにはあっさりしたシンプルな塩ラーメンは少々荷が重いんじゃないの!?と、正直にいうとハードな展開に少々面食らった。
しかし、読み進めてみると老舗のとんかつ屋の味を再現することで、自分の青春を懐かしむ、というような収まりのいいお話のバリエーションとしてとらえられる作品ではなかった。
主要人物3人は、心に理想のラーメンを抱きながら、どん底からの日々を毎日不器用に生き抜くことで新しい展望を手に入れていく。
また、その彼らの生き方とよりそうように店主の作るラーメンの過剰にならない繊細な仕事が披露されていく。
一人ひとりが、日々の問題で新たな苦悩や気づきを得て、練りこまれた人に成長していく姿が織りなすドラマは、小麦粉の日々のコンディションを聞きながら麺を練りこんでいく姿と重ね合わされ、ウイグルの大自然で自然の滋味である岩塩を発見し、圧倒的な自然の力を再確認する料理研究家の視線は、その岩塩が生かされた塩ラーメンのスープにも涙する。
それぞれ独立した個人が、影響を受けあいながらそれぞれの人生にたどりつく姿を、小麦粉、チャーシュー、岩塩などのいっけん無関係な食材が合わさってひとつのラーメンという輪のなかに収まる姿と重ね合わせて読むことで『ラーメン食いてぇ!』の真骨頂があるのではないだろうか。
<文・久保内信行>
編集・ライター。アニメを主食にアイドル・サブカルチャーから経済、そして料理評論家まで心の胃袋に貯まるコンテンツを愛好しています。現在「mitok」にてWeb連載中。