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『ゆゆ式』第7巻 三上小又 【日刊マンガガイド】

2015/06/28


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『ゆゆ式』第7巻
三上小又 芳文社 \819+税
(2015年5月27日発売)


三上小又『ゆゆ式』を人に紹介するとき「ゆずこ、唯、縁という「ゆ」からはじまる女の子3人組を中心としたゆるい日常を、4コママンガ形式でつむいだ文芸作品です」と解説すると、反応は主に2つに分かれる。
「文芸」という形容を冗談か何かと思って鼻で笑う未読者と、何をいまさら当たり前のことをという呆れ顔で「そうですね。私も『ゆゆ式』を鑑賞しているとよく、きっと20年後には、世界文学全集や権威ある文庫シリーズなどに収められては、その知らせに『さすが文芸の世界は感性のアンテナが20年遅れていますね(笑)』とほくそ笑む自分の姿を想像することがあります」などと人知れぬ欲望を告白しはじめる既読者にだ。

しかし後者の者たちですら、それに続けて「でも『ゆゆ式』は、その高すぎる知的強度ゆえに人を選ぶ作品ですから、なかなかまわりにはすすめづらいんですよね……」といったことを語り出しがちだが、その言葉を字義どおりに受け取る必要はない。
たしかに人は『ゆゆ式』に触れると、まるで作品が自分ひとりに向けて語りかけてくるかのように、これが自分のために著された特別な書物であるかのように感じてしまうものだが、文学史上の名作の多くがそうした特権意識を錯覚させてきたように、そのような錯誤が生じてしまうことこそがむしろ、逆説的に『ゆゆ式』が持つ普遍性を物語ってしまっているだろう。

場の空気に対する感度、人への気配りと繊細な距離感、特異な言語センス、会話のなかで動的に進行するルールの解体と再構築、ロールプレイ――『ゆゆ式』のなかで大事に大事にはぐくまれる(ことによってむしろその困難が逆照射されもする)、(メタ)コミュニケーションの機微と深淵に踏みこむことは、本稿がかわすべきコミュニケーションとしては過剰なものだろう。

いまはただ、作品を読み解くにあたってのガイドとなるべく、初学者が混乱をきたしがちな、作品内の時間的構造を整理して終わろう。

「萌え4コマ」作品内で刻まれる時間はおもに、線形的に流れるタイプと、俗に「サザエさん時空」とも呼ばれる同じ1年が延々とループするタイプとに分かれる。
前者は、人気作でいえば『けいおん!』や、連載期間である3年間をもってヒロインたちが高校を卒業していく萌え4コマの原点『あずまんが大王』など。
後者は進級していないことそれ自体がネタとされる『ゆるゆり』や、69年にTV放映を開始したそのものずばり『サザエさん』などが挙げられよう。
しかし『ゆゆ式』は、そのどちらのスタイルとも異なる時空に生きている。

たしかに『ゆゆ式』における季節の移り変わりは、掲載誌である「まんがタイムきらら」3月号(2月発売)では2月の話が、4月号(3月発売)では3月の話がというように、(初期に多少の例外こそあれ)原則的には実際の連載時期と同期した時間経過を持ちつつ、5月号(4月発売)になると再び同年の4月へと立ち返る。 そのため一見したところ、単純なループ構造にあると誤解されかねないものだ。

しかし作品を丁寧に読みこんでいくほどに、『ゆゆ式』の世界は同じ時を繰り返す無時間的な時空にあるのではなく、ある特定の1年のなかから、その号の発売月に起こった出来事を任意にピックアップしてきていることがわかってくる。
具体的に言えば、ゆずこたち3人と岡野・長谷川との交流はそれぞれ2年時の5月・6月に行われているため、2年に進級してから会話を交わすようになる日以前のエピソードには、この2人との絡みは描かれない。そして2年の3月へ向って月日を重ねるごとに、相川グループとの親密度が増していく。

これまで1年時を2回ループした後、最新第7巻の最終エピソードからは、6周目の2年生が幕を開けている。
さきほどは説明の便宜で「出来事を任意にピックアップ」という言いまわしを使ったが、それは形式上のことにすぎない。実際に作品をめぐり起きていることは、周回を繰り返すたびに『ゆゆ式』のなかに新たなエピソードが登記され、世界が――ちょうどゆずこたちの会話が、言葉を重ねていくなかで徐々にルールを横滑りさせていくのと同様に――動的に書き換えられていくという経験である。

そうであるがゆえに、「ノーイベント グッドライフ」な変わらない日常を描いた作品と思われがちな『ゆゆ式』は、13話構成の単行本ごとに同じ2年生を繰り返していながらも、巻を重ねるたびにこれまでとは少しずつ違った表情を見せはじめる。

ゆるくて複雑、変わらないようでちょっと違う。
この第7巻も、これまでの『ゆゆ式』から受けた衝撃とはまた異なる、新しい興奮を与えてくれる。



<文・高瀬司>
批評ZINE「アニメルカ」「マンガルカ」主宰。ほかアニメ・マンガ論を「ユリイカ」などに寄稿。インタビュー企画では「Drawing with Wacom」などを担当。
Twitter:@ill_critique
「アニメルカ」

単行本情報

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