『幽麗塔』第8巻
乃木坂太郎 小学館 \552+税
(2014年7月30日発売)
昭和27年、神戸。藤宮たつなる老女が、自らが住む時計搭の大時計に磔にされて惨殺される事件が発生した。犯人はたつの養女・麗子と目されたが、数週間後その水死体が発見される。
それから2年後、ひきこもりの青年・天野太一は、沢村鉄雄と名乗る美青年と出会う。太一は、テツオから事件後「幽霊塔」と呼ばれるようになった、時計塔に隠された数十億円にものぼる財宝の探索に誘われるが、2人の前に殺人鬼「死番虫」が立ちはだかる――というのが『幽麗塔』の基本設定である。
本作は、明治時代に書かれた黒岩涙香の小説『幽霊塔』をアレンジしたコミックスなのだが、原作の『幽霊塔』自体が、女流作家アリス・マリエル・ウィリアムソンの『灰色の女』を翻案した作品である。
涙香の『幽霊塔』は青年・丸部道九郎が、正体不明の美女・松谷秀子をはじめとする「幽霊塔」をめぐる様々な謎に巻き込まれていく、というもの。ちなみに、丸部、松谷と登場人物は日本人なのだが、舞台はロンドンというのが涙香の『幽霊塔』。このあたりに明治期に、海外の小説を大衆に飲み込みやすく紹介しようとした涙香の苦心がしのばれる。
涙香が『灰色の女』を大胆に翻案したように、乃木坂太郎は涙香の『幽霊塔』から過去の殺人事件、塔に隠された財宝、といった基本設定は引き継ぎつつも、新たなテーマを追加して自分自身の作品として『幽麗塔』を描き進めている。
できれば涙香の小説と読み比べて、乃木坂太郎の換骨奪胎ぶりの見事さを実感してほしいところである。
最新8巻で、太一たちは財宝を発見し、殺人鬼「死番虫」の正体も判明した。『幽霊塔』ならば、これにて大団円となるところだが、本書はあくまでも『幽麗塔』である。ここまで題名のみの存在であった「幽麗塔」の本質が、ついに明らかになるのだ。
そうした意味で第8巻は、『幽麗塔』にとってポイントとなる巻である。未読の方は、ここで追いついておくのがベストだろう。
<文・廣澤吉泰>
ミステリマンガ研究家。「ミステリマガジン」(早川書房)にてミステリコミック月評担当(隔月)。『本格ミステリベスト10』(原書房)にてミステリコミックの年間レビューを担当。