『三億円事件奇譚 モンタージュ』第16巻
渡辺潤 講談社 \562+税
(2014年7月4日発売)
1968年12月10日、東京都府中市の府中刑務所北側の路上で、日本信託銀行の現金輸送車が偽白バイの偽警官に停車させられ、現金約三億円を輸送車ごと強奪されるという事件が起こった。
「三億円事件」と称される、史上もっとも有名であろう現金強奪事件だ。
鮮やかに三億円を奪い去った犯人は捕まることなく、事件は時効へ。
犯行中は、ひとりの死者はおろか、ケガ人すら出さず、さらには輸送中の現金に保険が掛けられていたことから、金銭的な被害者も出なかったという、類を見ない事件だ。それだけに、驚異もロマンも恐怖も感じさせる。
その三億円事件に、渡辺潤が挑んだのが本作だ。
作者の代表作『代紋 TAKE2』(原作・木内一雅)の主人公・阿久津丈二が収監されていたのが、くしくも府中刑務所。それだけでなく、渡辺潤自身の誕生日が、なんと事件が起きた1968年12月10日。そんな偶然の重なりから作者が事件に興味を持ち、本作の連載はスタートしている。
2004年、10歳のときに老刑事から「おまえの父親は三億円事件の犯人だ」と告げられた、鳴海大和。
やがて高校生となった大和は、父が残した事件のものと思われる五百円札を発見する。その直後、育ての親・小田切夫妻が突如消え、一人娘の未来とともに大和はなぜか殺人事件の犯人に仕立て上げられてしまう。
各地へ逃走しながら小田切夫妻を探し、三億円事件の謎にも迫っていく大和と未来。さまざまな関係者や怪しい人物と出会うなか、大和は三億円事件の黒幕と思われる大物政治家・沢田慎之介にたどりつくが……。
16巻まで進み、事件の枠組みと関係者は見えてきた本作だが、事件の詳細と関係者たちの本当の狙いは、まだ見えてきていない。
残された五百円札から事件が浮かび上がるという構成は、一橋文哉のノンフィクション『三億円事件』を彷彿させ、また実際に起きたほかの事件の構図や構造を思わせるところもある。
ミステリ好きや事件マニアは確実に楽しめるはずだが、本作は青春ものとしても出色だ。
突然、世紀の大事件の犯人が父親だと告げられた少年が、その事実から逃げることなく、真実を探るべく現実に立ち向かっていく。そのなかで関わる人たちとの触れ合いというのも胸を打つ要素である。
また、犯人とおぼしき事件関係者たちは、幼なじみで友人であったことも示唆されて描かれている。純粋だった彼らの青春時代も事件の対比としてせつない。力も金も地位もなく、武器は一本気な若さと行動力だけという少年が、その逆をいく狡猾な大人たちにどう迫っていくのか。その様もサスペンスフルだ。
対面した沢田は、予想に反して大和たちに堂々たる土下座をして見せる。その上で高笑いも浮かべるのだ。しかし大和もそんな一筋縄ではいかない相手にひるまず、ある手段に打って出る! 同時期に警察の暗部と三億円事件を描いている『クロコーチ』(リチャード・ウー/コウノコウジ)が発売されているなか、本作はどんな「答え」を出すのか。
大和の成長、青春の行きつく先とあわせて、注目だ。
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌「ぴあMovie Special 2014 Summer」が発売中。DVD&Blu-ray『一週間フレンズ。』ブックレットも手掛けています。