日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『いちまつ捕物帳』
『いちまつ捕物帳』第2巻
細野不二彦 小学館 ¥552+税
(2015年11月30日発売)
『ギャラリーフェイク』、『電波の城』などの細野不二彦が初めて挑んだ捕物帳。下っ引きの市蔵(いち)と素浪人の松之丞(まつ)のバディが、江戸の街を舞台に活躍する。
7月に第1巻が出て、評判となった『いちまつ捕物帳』の第2巻がいよいよお目見えだ。
第2巻で2人が挑むのは――老舗提灯問屋に2人組が押し入り、手代を刺して、提灯問屋の娘の婚礼用の打掛が盗まれた――という事件である。
婚礼が無事に成就するように、打掛をこっそりと取り戻してほしい、と頼まれた市蔵は、松之丞に協力を求めて探索を進めていく。
バディものでは、2人の性格などが違えば違うほどおもしろさが増すのだが、細野不二彦は、そうしたキモをきちんと押さえている。
上州の農家に生まれたが、飢饉で一家は離散。旅芸人の一座に加わり、全国を転々とし、現在は江戸で下っ引きとなった市蔵(旅芸人時代に覚えた「ぬんちゃく」が得意技である)。
一方の松之丞も、かつては加賀藩の支藩で禄を食んでいたが、仔細あって浪人となり、現在は“鷹尾屋”と名乗って女性に付爪の細工(ネイルアート)を施している。松之丞は青い目をしており、その出生の秘密も気になるところだ。
市蔵は単純な熱血漢で下戸(甘酒が好き)、松之丞は役者のような二枚目で冷静――と、普通ならば出会わないような2人が、松之丞が付爪を施した女性が殺害され、その事件に市蔵が首を突っこんだこときっかけに出会い、お互いを認めあって、コンビとなったわけである。
『いちまつ捕物帳』の特徴としては、江戸時代をぐいっと現代に引き寄せて、読者に親しみを持たせている点だろう。
女たちが競うように爪に細工を施すところなど、ネイルアートに熱中する現在の女性を連想させるし、江戸の庶民が「富くじ」に熱狂し、うまいめし屋談義をするシーンからは、宝くじに行列し、ネット上でグルメ情報を検索する自分たちを想起させられる。
江戸時代もいまも人々の暮らしはそれほど変わらないのだな、と思わせ、作品世界に引きこんでいくのだ。
そんな風に現代に寄せる工夫をしながらも、万世橋から浅草橋にいたる柳原堤と呼ばれた地域に古着屋が軒を連ねていた江戸の街の様子を描き、「この時代、庶民が新品の着物に袖を通すことはまずありえない」などといううんちくも盛り込んで、江戸情緒も感じさせてくれるのである(時代考証家の山田順子が作品に加わっている)。
この柳原堤で、いちは古着屋のお玉と出会う。
お玉は打掛盗難事件に巻きこまれ、いちとの関わりも深くなっていくわけだが、この2人の今後も気になるところだ。
ちなみに、マンガの世界で捕物帳といえば、まずは石ノ森章太郎『佐武と市捕物控』が挙げられよう。
『いちまつ捕物帳』には大ゴマの使い方や独特なカット割など『佐武と市』を意識しているなぁと思わせるところがあるので、ぜひ読み比べてほしい。
<文・廣澤吉泰>
ミステリマンガ研究家。「名探偵コナンMOOK 探偵女子」(小学館)にコラムを執筆。現在発売中の「ミステリマガジン」2016年1月号(早川書房)にミステリコミックレビューが掲載。同じく現在発売中の「2016本格ミステリ・ベスト10」(原書房)にてミステリコミックの年間総括記事等を担当。