日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『孤島の鬼』
『孤島の鬼』 第1巻
江戸川乱歩(作) naked ape(画) 講談社 ¥581+税
(2016年6月7日発売)
江戸川乱歩の代表作の長編『孤島の鬼』、2人の新人麻薬取締官の葛藤を描く『switch』などを手がけたnaked apeがマンガ化した作品。
江戸川乱歩の『孤島の鬼』は蓑浦金之助が自身の体験した怪異譚――それは30歳にもならない蓑浦の頭髪が真っ白になるほどの恐怖を伴うものだった――を書きつづっていくというかたちで物語が展開していくのだが、naked apeによるコミックス版でもその形式は踏襲されており、蓑浦を主人公として物語は進んでいく。
舞台は大正14年の東京。丸の内の貿易会社に勤める内気な美青年・蓑浦は、見習いタイピストの木崎初代と恋に落ちたことがきっかけで、奇怪な事件に巻きこまれていく。
初代が、自宅で何者かに刺し殺された。自宅は、玄関や裏口などきちんと戸締まりがされており、まさに密室での殺人事件であった。
じつは、蓑浦と初代との恋愛にはライバルがいた。
諸戸道雄という資産家の青年が、初代に対して熱心に求婚していたのだ。
蓑浦は、諸戸がかつて自分に同性愛的な関心を示したことから、こうした鞘当ては「私に異性を与えまいと……」して行ったものではないかと推測する(これは蓑浦のうぬぼれではなく、事実であったことがのちに判明する)。
蓑浦は、初代殺しの犯人を突きとめるべく、年長の友人・深山木幸吉に相談を持ちかける。
深山木は、調査の結果、事件の真相にたどりついたようであったが、それを口にすることなく殺されてしまう。その死も、衆人環視の海岸で刺殺されるという奇怪なものであった。
一連の事件には諸戸が絡んでいる――そう信じた蓑浦の追及に対して、意外にも諸戸は「僕は犯人を知っているのです」と告げるのであった。
諸戸、あるいは深山木が蓑浦に寄せる好意には同性愛的なものが感じられる。
また、蓑浦にはそうした好意を感じとりながら、それを利用しているズルい面もある。
この人間関係の設定は、じつは原作どおりなのだが、今で言えば“萌える”部分だといえる。
こうした部分の描写にはnaked apeの耽美的な絵柄はマッチしているといえよう(ちなみに、深山木は原作では豪傑風なのだが、naked apeは繊細な面持ちの美青年に変貌させている)。
『孤島の鬼』の特徴について、ミステリ評論家の新保博久は「前半三分の一は密室殺人と犯人の意外性を盛り込んだ本格推理、中盤は事件の背景を明らかにする怪奇小説ふう、終盤は暗号解読と宝探しの冒険小説と、万華鏡のように彩りを変え」ていくところだと述べているが、コミックスの第1巻では「本格推理」の部分がおおむね描かれたところである。
ここから先の「怪奇小説ふう」な物語や、洞窟での冒険などがどのようなかたちでビジュアル化されていくのか、期待したい。
<文・廣澤吉泰>
ミステリマンガ研究家。、「ミステリマガジン」(早川書房)にてミステリコミック評担当(隔月)。「2016本格ミステリ・ベスト10」(原書房)でミステリコミックの年間レビューを担当。